カナリス・ルートは思い出の中で永遠に
トイフェルが討たれ、旧秩序カナリス・ルートは崩壊した――
死者の魂が向かう謎の空間。
そこには円卓があり、トイフェルのかつての同志が円を描くようにして座っていた。ただし、ヨーランだけはいない。
再会を喜びながらトイフェルが席についたところで、謎のモニターに謎の映像が映し出された。
謎映像には銀髪の、死体を思わせるメイクをした女が映し出され。
「さて皆様。闇深く罪深いあなたがたを集めたのは他でもありません。あなたがたの死の瞬間の上映会を行い、闇と罪を追体験していただきます。全員で」
と、その女は言う。
「ま、待ちなさい! アンセム! 何を――」
噛みつくように言ったロムだが、彼女の言葉は聞き入れられることはなく映像が始まった。
〜銀の騎士 モーゼス・クロル〜
「何なんだい、この映像は。なぜ私の名前が」
まずはモーゼスからだった。
モーゼスが文句を言っていると、懐かしい映像が始まった。
ホテルの一室での戦い。
次元が違うことで攻撃を寄せ付けなかったモーゼス。だが、一瞬だけアナベルの介入が映し出され。モーゼスは敗因を察する。
「アナベル……本当に君のことは許さないぞ……」
と、愚痴るモーゼス。
そんな彼をよそに女性陣――とくにマティルデとロムと麗華はケラケラと笑っていた。
問題の死亡シーンは、オリヴィアが鉈でモーゼスの身体を両断するシーン。景気よく内臓をぶちまけ、辺りは血の海に。モーゼスはこうしてダンピールに殺されたことでカナリス・ルート最初の犠牲者となった。
「ああ……屈辱だ……まさか私が最初だったとは」
と言ってモーゼスは昴の方を見た。
「俺も予想外だぜ」
とだけ、昴は言った。
彼は個人的な思いでモーゼスの別の敗因を作ったとは言えなかった。
モーゼスの映像の最後にはR.I.P.と出てきていた。
これが耐えられず、モーゼスは台パンしていた。
「今すぐにでも蘇って、オリヴィアを処刑しなくては……そうだろう、マティルデ」
と、モーゼスはマティルデに意見を求めるが。
「それには及びません。黒のオリヴィア、あれは良かったですからね」
マティルデは勝ち誇ったような口調でそう言った。
そうこうしているうちに次の映像が始まった。
〜麻薬女王 林麗華〜
次は麗華。
麗華は特段反応を見せずに映像をじっと見ている。
「自分が殺されるところを見て何とも思わないの?」
と、エレインが尋ねる。
「全然。私が弱くてもオリヴィアが強かた。それだけね」
麗華は答えた。
喜びも怒りも悲しみもせず、麗華はまるで他人事のように映像を見ている。しかし、映像が終わって言う。
「でもオリヴィアは狂てたよ。死を間近にするのがたのしいとか、ロムはどんな教育してたね?」
聞かれた方のロムは露骨に目をそらし。
「……知らないわ」
〜藍色の守護者 八幡昴〜
次の映像は昴。
名前が表示された時点で昴は表情が緩む。よほど楽しみにしていたのだろう。
「やっぱりこれ、死んだ順だよね」
そう言ったのはリュカ。
「そうだな。始まったぞ。俺と晃真の逢瀬が❤️」
相対する晃真と昴。
彼らの戦闘をいちいち昴が解説し、モーゼスやロムはため息をついていた。だが、昴に共感する者もいた。
「わかるぜ、昴。猛烈に惹かれる相手とはやり合いたくなるもんだ」
「その通りです。愛とは人と人を引きつけ、運命を紡ぐものですから」
クラウディオとマティルデだった。
『これが俺の最期か! 俺は今――』
いよいよ昴が殺されるところ。
昴は映像を見て頬を赤らめ。
「最高に蕩けそうだ❤️」
非常に気持ち悪い様子であの台詞の続きを言った。
他のメンバーは顔をしかめ、目をそらし。とにかくそれぞれの反応を見せた。
やがて、映像の昴は事切れる。
「見たか、俺の死に様を。俺は最高に晃真らしい方法で、最高の焼死を迎えた。多分人生で最高の瞬間だ」
昴は鼻息を荒くして言った。だが。
「キッショ」
と、ダフネが返しただけだった。
〜狂信者 ハリソン・エンジェル〜
「さて、次は私ですか。別にやましいものはなく、ただ殉教しただけですよ」
平然とした様子でハリソンは言った。
戦いの場は教会。
光を操るハリソンと影を操るオリヴィア。2人はたがいのイデアをかき消しながら戦っていた。
そんな戦いに特徴があるとすれば。
「発作が出ているじゃないか……」
と、モーゼスは言った。
「それも承知の上で戦っていたのです。どのみち、勝っても負けても私は後継者がいたうえで殉教できていたので問題はありませんでしたよ」
そう言ってにこりと笑うハリソンだが、彼の中にはそこはかとない狂気があった。さすが狂信者である。
映像のハリソンはオリヴィアに殺されるが、映像はそれでは終わらなかった。
次は絶命し、死者の持つイデアとエミーリアたちとの戦いが映される。
「死後にまで気を回せていたとは……」
と、マティルデも呟く。
「万一のためですよ」
と、ハリソン。
映像はハリソンの置き土産が爆散したところで止まった。
〜電脳亜空の主 リュカ・マルロー〜
次はリュカだ。
その始まりはリンジーによる不正アクセス。この様子を見たリュカは映像でも円卓でも怒りを見せている。
「裏切ったうえにこれって、本当に腹立つよね……」
と、リュカは言った。
映像では「デリートオール」のコマンドが起動して異空間そのものが破壊される。ここから戦闘は屋外へと移り。
「なるほど、だからお前はやられたのか」
これまで無言だったトイフェルは言った。
「そうなんだよ、ボス。感知されない、入れない、出られない空間なのに。ほんと、こんなことある?」
リュカは悔しそうに言った。
「……でもさ、死んだら死んだでパメラにまた会えるだろうし。これが終わったらね」
と、リュカは続けた。
〜水神 タスファイ・ハッセン〜
「タスファイもある意味私と同類でしたよね」
タスファイの名前が出てきたところでハリソンは言った。
「同類だと? 俺は……いや、確かに俺は精霊を振興していたといえば……」
と、タスファイが困惑しているうちに映像は始まった。
水を操るタスファイに、夜の闇に紛れて絶好調のオリヴィア。タスファイは水の三叉の槍とサーベルを使ってオリヴィアとの戦闘を繰り広げるが。
「俺は一度勝った相手に油断していたのかもしれん」
映像のタスファイがサーベルを持った瞬間、タスファイは言った。
「全然そうは見えないね」
麗華は言う。
タスファイの最期は影の爪に心臓を潰されての死。
『わからない。どうしてあなたは高潔な人なのに、カナリス・ルートにいたの?』
その言葉で映像は終わる。
タスファイはトイフェルを見たのだが、肝心のボスはどこか気まずそうで。
「なんというか……」
〜迷宮の主 エレイン〜
次はエレイン。
どういうわけか、戦闘向きではないはずの彼女はオリヴィアに殺されるシーンを楽しみにしているようで。
「オリヴィアが覚醒したのっていつ?」
ダフネは尋ねた。
「ちょうど私と戦うくらいに覚醒していたわ。本当に良いタイミングだったわ」
軽い口調でのエレイン。
モニターには鬼のような形相でエレインの待つ部屋に入るオリヴィアが映っていた。エレインと対面し、オリヴィアはエレインを殺しにかかる。あの黒い姿で。
モニターに映されたオリヴィアの様子を見て、ある者は怒りをあらわにし、ある者は心を踊らせていた。心を踊らせていた最たる人物がマティルデだった。
「ふふ……ここかですか。黒の姿は」
と、マティルデは呟いた。
しばらくしてモニターに映されたオリヴィアが闇の中でエレインを斃した。
〜死を望む者 クラウディオ・プッチーニ〜
「良かったわよね……」
「いいですよねえ、黒いオリヴィア」
「その通りだ……俺はあの中に女神を見た」
ビデオで初めて黒い姿となったオリヴィアを見て、エレイン、マティルデ、クラウディオの3人は話していた。
そうしているうちに次の映像が始まった。
次はクラウディオだ。
『可愛かったオリヴィアを思えば、殺されるのも悪くねえ』
その声から映像が始まる。
次のオリヴィアも黒かった。クラウディオは黒い姿のオリヴィアを女神と重ねて見ていた。
クラウディオはロリコンである。幼女だったオリヴィアの幻想を黒いオリヴィアに見ていたのだ。
「……ま、思ってることはだいたい画面の俺が言ってるぜ。要するにあと10歳若ければ最高だった。けどな、あれでもイイ。俺の」
と言いかけた瞬間、ロムがクラウディオをビンタした。
「麗華とダフネが引いちゃうでしょう」
ロムは正論でクラウディオを黙らせる。このまま喋っていればクラウディオはとんでもない事を言っていただろう。
ロムを見てダフネはサムズアップした。
だが。
「あー……これだけは言わせろ。あのオリヴィアと戦い、空間を見出したということは俺とオリヴィアで交わったのと同じだろ」
斃れ逝く自身の映像をバックにクラウディオはそう言った。
〜見えざる女帝 ロム〜
「……ついに来たわね。殺されたことを実感させられて、本気で不愉快よ」
映像が切り替わる瞬間、ロムはどすの利いた声で言った。
ロムとオリヴィアとの戦い。重力を操るロムは有利な状況で戦いを進めていたが。
「オリヴィア、覚悟したようですねえ」
マティルデは言った。
「覚悟。確かに覚悟を決めた女は強い。身を持って体感したわ」
と、ロム。
彼女は死を目の前にして、支配下に置き抑圧していたはずの娘の覚悟を見せつけられたのだ。それは自身が忘れていたもの。かつてロムも同じく覚悟を決めて爆発的な力を発揮したことがあったのだ。
「……本当に懐かしくて忌わしい。そんなもの思い出させてくれて絶対に許せないけれど。過去の私を肯定できてしまって……」
ロムは立ち上がり、彼女の映像の終わったモニターから目をそらした。
〜運び屋 アポロ・デュカキス〜
「おい、アポロは誰に殺られたんだ?」
昴は不躾にもアポロにそう尋ねた。
「見ていればわかる。ひとつ言えるのは俺を倒したやつはオリヴィアでも晃真でもない。予想外といえば予想外で、予想通りといえば予想通りの人だ」
アポロは答える。
直後、映像が始まった。
すると取り乱す者がひとり。
「アナベル!?」
テーブルを叩き、立ち上がるロム。彼女もまたアナベルにしてやられたうちのひとり。しかも、アナベルは平行世界のリンジー――ロムが囲おうとした女――ときた。
「おやおや……」
さらにヴァレリアンも不愉快そうときた。ヴァレリアンもロムと同じくアナベルにしてやられ、それが彼自身の死につながった。
まさしくアポロ、ロム、ヴァレリアンはアナベル被害者の会である。
映像に映る水色髪の女アナベル。彼女はアポロを翻弄し、誘惑し。アポロが覚醒してもさらにその上を行った。
アポロが時を巻き戻しても、アナベルは容赦なくアポロの命を奪った。
「……俺だって覚醒したんだ、せめてこれで1人くらい倒したかった」
アポロは呟いた。
〜目覚めぬ魔獣 ヴァレリアン・ドラガノフ〜
アポロと同じくらいの時期に殺されたのはヴァレリアンも同じ。ただし、彼は極力アポロの死についてはリアクションもコメントもしない。
「おや、ヴァレリアンは無関係を決め込む気かな?」
モーゼスは尋ねた、
「まさか。私もカナリス・ルートの一員。罪深い人間としてその死を見せられることを覚悟していたのですよ」
にこりと笑ってヴァレリアンは言った。
そうして始まる映像。
ヴァレリアンと戦い、最終的に彼を殺すことになるのは赤毛の女パスカル。
『それなら安心。あなただけは、どうしても葬らなくてはならなかったの』
その言葉がヴァレリアンの最後に聞いた言葉だった。パスカルと対峙し、弱点を見抜かれた彼の最期は思いの外あっけない。絞め落とされ、処刑されるかのように斧で斬首された。
その様子を見てもヴァレリアンはどこか他人事のよう。そんな様子はダフネの目にはどこか化け物のように映った。
〜幻影の庭師 ダフネ〜
「ヴァレリアンが終わったってことは私かマティルデかな」
ヴァレリアンの映像の後、ダフネは言った。
彼女の言った通り、次はダフネ。戦いの場は本拠近くの森。マティルデと共闘し、戦況が傾いたところから始まった。
「……思えば、私はずっと迷っていたのかも。ボスに重用されてても信頼されてても、どうしてもわからなかったから」
映像を見ながらダフネは言った。
戦闘中とそうでないとき。その違いを差し引いても、今のダフネと生前のダフネは違う。
「迷い、か」
ダフネの言葉に反応したのはなんとトイフェル。彼こそがダフネを信じて重用していたのだ。
「私はお前たちを信じていたが理解できていなかったかもしれん」
さらにトイフェルは続けた。
「私だって理解できてなかったよ。ううん、多分誰にもできないから」
そう言って自身の死に往く様を見るダフネはどこか憑き物が落ちたかのようだった。
〜白の処刑人 マティルデ・クロル〜
ダフネが終わったならば、次はマティルデだ。そのマティルデはといえば、どこかわくわくしているかのような顔つき。
「そんなに自分の死に様見るのが楽しみね?」
マティルデに尋ねる麗華。するとマティルデはたかぶる声で答えた。
「もちろんです。私、ずっとダンピールを殺すことばかり考えていましたが……彼女はそれを塗り替えてくれた存在。楽しみじゃないわけがありません」
マティルデが答えた少し後、先ほどと似た映像が流れ始めた。ただし、メインはマティルデ。さらにオリヴィアの黒の姿と虚無が強調される。
マティルデは明るい表情で見ていたが、面白く思わない者もいる。やはしモーゼスはどこか気に食わない様子。
「……マティルデ。ダンピールに殺されて恥ずかしくないのかい? 私は恥ずかしくて消えてしまいたいくらいだ」
と、モーゼス。
「そんなことはありません。あなたにイデア界に到達し、因子まで持ったダンピールの良さなどわかるわけがありませんか。確かに多少ダンピールに怒りは覚えましたけどね、それ以上にクるものがあったのです」
マティルデはそう言って微笑む。
彼女も昴やクラウディオとは同類のようだ。
映像はマティルデが暗黒空間に浸食され、絶命したところで終わった。
〜後継者 アイゼン・カナリス〜
残るはアイゼンとトイフェル。
この映像は死んだ順。だから次はアイゼンだった。
「最初は押してたんだよね……」
映像を見ながらアイゼンはぼそりと呟いた。
彼が戦っていた当初、晃真を拘束してトイフェルのサポートをしつつ有利を守っていた。だが、変わったのは晃真が解放されてから。
「……あのバグ、本当にふざけた能力だよね」
自身が殺される映像を見てアイゼンは呟いた。
「そうだな……」
と、トイフェル。
〜裏の支配者 トイフェル・カナリス〜
いよいよ最後、トイフェルの映像が始まる。
それはアイゼンが死亡した少し後から。
リンジーも参戦し、空間歪曲が激しくなり。トイフェルはそこを突かれた。
暗黒空間にてトイフェルはオリヴィアと対面したのだが。
「ボスがこんなんになるなんて……」
まず声を漏らしたのがダフネ。
「ボスが負けるなんてね……悪い夢みたいだよ」
「誤算よ。オリヴィアがこうなるのなら、もっと適切に接していれば……」
さらにリュカとロムが思うことを口にする。ただし、ロムはトイフェルを思ってではなく自身の欲望のため。
「過去のことは言うな。私たちはもう死んだのだ」
と言いつつ、トイフェルはどこか煮えきらない様子。
それでもカナリス・ルートは裏切者を除いて全員が再会することができた。
「ありがとう、お前たち」
死した罪深い者の魂はこれから地獄へ向かう。何年も何百年もかけて償い、またどこかに転生する。
カナリス・ルートの記憶よ永遠なれ。




