エピローグ3 裏切りの真相
錬金術師は川で棺桶を見つけた。
この棺桶は凄まじい力を放っており、明らかに普通のものではない。錬金術の術式が仕込まれたものでもない。
錬金術師ラディムは岩に引っかかった棺桶をじっと見ていた。
「気になるのかい?」
ラディムの隣にいた男――ザグルールは尋ねた。
「こいつの中身が遺体なら解剖に使えると思ってな」
と、ラディム。
「それなら引き上げよう。君と僕でなら引き上げてアジトまで運べるはずだよ」
2人は棺桶を川から引き揚げ、アジトへと運んだ。
アジトにつくと、ラディムはさっそく棺桶を調べる。錬金術の研究や分析用の機器で棺桶の素材について調べてみる。すると、この棺桶はこの世に存在しなかった物質で作られていることが発覚した。だからラディムは好奇心で棺桶を開けた。
中に入っていたのは意識のない男女。うち、男の方はやせ細り、全裸だった。しかも男は息をしていない。2人は――銀髪の女は遺体とともにどうやって棺桶の中で生きていたのだろうか――
さらに男も謎が多い。2人とも謎のエネルギーを持っているようで。
「リルト……俺はこいつを解剖したいが倫理的には蘇生できるか試すべきだと思う……リルトならどうする?」
白衣を着た女に尋ねるラディム。
「リルがやるから師匠は下がってて!」
と言ってリルトは棺桶に近寄り、中にいた2人を出す。さらに金髪の男に心臓マッサージをしようとしたが――彼には体温がない。死体のように冷たかった。
「……死んでる」
リルトは言った。
「そうか。男の方は検体に回そう」
ラディムはそう言ってザグルールとともに一度研究室を出る。
だが、数分後にそれは起きた。
リルトの耳に咳き込む音が届く。何事かとリルトがその方向を見れば全裸の男が上体を起こしているではないか。
「えっ、何事!? 死んでたよね!?」
「……どうなっているんだ。ぼくは……」
その男――ヨーランは研究室を見回した。
研究室はよくある錬金術研究所のそれ。医療器具もとい解剖に使う器具があるあたり――
「師匠! さっきの人生きてるよ!?」
リルトはラディムを呼んだ。
「何!? バイタルを見るんだ!」
別室からリルトに声が届く。
リルトはラディムの指示に従い、血圧や心拍などを見た。
そうして棺から出てきた男女にまつわる騒ぎが落ち着いたのは翌日だった。
銀髪の女――キルスティは自身の生存を不思議がり、事情をヨーランに尋ねていた。するとヨーランはこう答える。
「そういう能力だ……と言えば簡単だがそれで納得できるとは思えない」
「確かにな。ぼくは半分死んでいるようなもの。ディレインの町での戦いで、キルスティとともに崖から落ちて。そこまではキルスティもわかるだろう?」
ヨーランがそう言うとキルスティは頷いた。
「錬金術師の先生たちもよく聞くといい。ぼくは飛び降りた後、イデアという能力を使ってぼく自身とキルスティを仮死状態にして閉じ込めた。次に誰かが見つけてくれるそのときまで。そうしていたら案外早くに君たちが見つけてくれた」
と、ヨーランは言った。
「よくわからないね。ラディムも僕も外での出来事には詳しくないからわからないんだけど、君のいう事は僕の理解を超えてるんだよね」
そう言ったのはザグルール。
ラディムもどこか2人を信用できていない様子だったが。
「リルは聞いたことあるけど、イデアって能力は10年くらい前から聞いてたよ。その能力、多分できないことができるようになるし、ありえないこともないと思う」
リルが助け船を出した。
彼女は3人だけの世界に満足するラディムやザグルールとは違って、外――人里離れた研究所の外の世界にも興味を抱いていたし、外にも出ていた。だから錬金術の知識や技術はラディムに及ばなくとも外の知識は3人の中で一番だ。
「リルトが言うなら間違ってはいないだろうな」
と、ラディムは言った。
「で、お前はこれからどうする? ここはスラニア山脈の盆地……まともな町からはかなり離れているが」
さらにラディムは尋ねる。
「参ったねえ。私らはあの戦いを生き抜くことしか考えていなかったんだよ。この後なんて、もうないかと」
と言って、キルスティはため息をつく。
死ぬつもりだったのに、生き残ってしまった。それもカナリス・ルートの敵と。だが、今ここでは戦えない。
「いや、ぼくはこの後を考えていたが。そもそも、ぼくが棺桶を出る段階であの組織は壊滅しているはずだ。つまり今も……」
ヨーランがそう言うと、キルスティは彼に疑いの目を向け。
「それは聞き捨てならねえ。お前は鮮血の夜明団を……」
「違う。壊滅しているはずの組織はカナリス・ルート。ぼくが偽装入会していた組織だ」
ヨーランは答えた。
「偽装って……今なら話せるのか?」
「話せるさ。ここにいる人たちが外部とあまり接点を持たないからな。もともとぼくはカナリス・ルートを潰すために偽装入会したにすぎない。これも、春月の神守支部長や会長と話して決めたこと。暗部の人間やあの監査官だって知らない。彼らはぼくが鮮血の夜明団を裏切ったと思っているくらいだ」
と、ヨーランは語る。
「凄まじい覚悟だな……」
ラディムは言った。
「ぼくとしては大したこともない。表向きは裏切り者ということになっているくらいだ。何年も死んでいれば忘れられる。人間とはそういうものだよ」
哀愁を漂わせるヨーランを見て何を思ったかラディムは言った。
「ほとぼりが冷めるまでゆっくりしていけ」
ヨーランはラディムの言葉に甘えることにした。
一方のキルスティは迷いを抱えていた。死ぬつもりだったにもかかわらず生きていたことを友人に伝えるべきか。保護されてから数日が経ってもうかない顔をしていた。
そんな彼女にリルトが声をかける。
「キルスティもラディムと同類?」
キルスティはラディムをよく知らないが、リルトの口調からそれとなく察する。
「違う。ただなあ、私が生きてることを伝えるか迷ってんだ。オリヴィアは友人だけどなあ」
キルスティはため息をついた。
するとリルトはこう言う。
「伝えたら?」
リルトの言葉は軽いようでキルスティの背中を押すものとなった。




