11 シェルトの意図
感情的になって誘いを断ってしまったオリヴィアに、彼女の元へと向かってくるシェルト。相変わらずオリヴィアは影でシェルトを妨害していた。
が、これも長くは続かないだろう。いずれシェルトはここに。オリヴィアのいるところにやってくる。
――いつ来る? 来た時にどうにか……
影を展開してシェルトを見張る。シェルトはオリヴィアのいる車両に近づいている。
そんな中で、オリヴィアの脳裏をよぎる言葉があった。それは――
『ロムだ』
彼女自らの手で殺したカレルの言葉は忘れることすらも許さない。オリヴィアはその言葉に取り憑かれていた。そして――カレルの遺した言葉はオリヴィアに迷いをもたらす。
「もしあいつの言っていたことが本当なら……わたしは。キルスティを裏切るべき……?」
オリヴィアは呟いた。
その瞬間、車内の広範囲に展開していた影が薄れる。それと同時に、オリヴィアが見ていたものにノイズが入る。
――利害関係で組んだだけだし、そもそも私は。私の本来の目的ってロム姉に会うことじゃない。それくらいだった……
オリヴィアの心はシェルトたちに傾きつつあった。
「ねえ、教えてよ。わたしにはわからないよ……」
効率だけで考えればシェルトの誘いに乗るのも悪くない。乗らなければとんでもなく遠回りすることになるのだから。オリヴィアも遠回りはしたくなかったし割り切った関係だと思っていた。それなのに、オリヴィアはどうにも踏み切れないでいる。
自分自身の裏切りを無意識のうちに恐れている。
オリヴィアはふらりと歩き出し、車両を移る。
血生臭い場所にはいられない。なにより、カレルの亡骸を見ては、オリヴィアはあの言葉を思い起こしてしまう。そうであってほしくない可能性までも……
そうやってふらふらと歩いていたオリヴィアを追い詰めるように、シェルトはこの車両にたどり着いた。
「お前か、イデアを展開していたのは。途中で手を緩めたな?」
オリヴィアの姿を見るなりシェルトは言った。
オリヴィアが顔を上げればそこには黒髪の美丈夫の姿がある。その赤い瞳はオリヴィアをじっと見つめていた。その感情はあまりにも読みづらい。
「知らない。あなたは、誰の差し金? カナリス・ルートの人間なら、そのリーダーの名前を吐いて」
震える声でオリヴィアは呟いた。
「俺の吐ける情報は『俺達がロムに雇われた』ってこと程度だな。嘘だと思いたいような顔をしているが、こればっかしは本当だ」
シェルトはオリヴィアのことをお見通しだとでも言いたげな顔だった。彼の告げる事実はオリヴィアを確実に追い詰める。
「じゃあ……わたしはロム姉に間接的に殺されることになったってことでいいの? ねえ……」
「それは違う。俺がお前を誘ったのは、俺がお前を殺すつもりがなかったからだ。殺せばいい相手を、なぜ誘う必要がある?」
と、シェルト。
「答えは簡単。お前がなぜか姿を消したから。そこから先は企業秘密だが、どうにかして足取りを掴んだ。そうして俺たちが送り込まれたってわけ。安心しろ。ロムはお前に会いたがっている」
さらにシェルトは続けた。
それがどこまで事実であるのかは、オリヴィアの知ったことではない。
「それをロム姉が言っていたの?」
「ああ、そうだ。ちなみに俺が殺すのはお前に同行していた3人の男女。カレルがやり損ねたらしいが、俺は失敗しない。死なない。お前たちでは脅威になりえない」
と、シェルトは答えた。
「俺は吸血鬼だから」
その言葉を発すると、彼は口角を上げる。
吸血鬼はそれに対応する方法でしか倒せない。オリヴィアはそのことを噂の範囲でしか知らなかった。
――どうしろっていうの! ダンピールは吸血鬼を殺せるとも聞いたけど!
噂として知識を手に入れたのと、実際に吸血鬼を殺す手段があるのとではわけが違う。
どうすることもできない。最悪の場合、殺せばいいと考えていたオリヴィアだがもはや殺すこともできなくなった。シェルトが吸血鬼ではないことにかけるしかなかったというのに。
「どうする? 俺に協力するなら、ロムにも会える。協力すると言えば楽になる。死ななくて済む。俺もお前を殺さなくて済む。双方に利益があるはずだが」
と、シェルト。
「あなたは、仲間を殺した相手を誘えるの……?」
オリヴィアは震える声で尋ねた。
「殺したのか……カレルを。いや……それとは関係ない。確かにお前を一生恨むが、仕事と切り離して考えるべきだろう……」
シェルトは答えた。明らかに動揺している。
「恨んで人を殺さないって、できた人間。そういえば、カレルもロム姉のことしか吐かなかった。凄いよ……脅せば吐いてくれると思ったのに」
「あまり俺達をなめるな。とにかくだ。俺達についてくるか、拒否してカレルの仇として殺されるか。どちらか選べ」
シェルトは言った。
しばらくオリヴィアは黙り込む。
彼女の足元には影が蠢いている。が、これがシェルトに対して決定打になるとは思えないでいた。
そんなときだった――
「そいつの言葉を聞くだけ無駄だ!」
女の声。これは、キルスティの声。
第三者の登場にシェルトはペースを乱され。彼はあからさまに機嫌を悪くした。




