エピローグ1 春月にて
秋晴れの下でオリヴィアと晃真は春月市に立ち寄った。
春月支部に行けば杏奈や陽葵、彰が出迎えてくれる。彼らはオリヴィアの勝利とカナリス・ルートの壊滅を知っていた。
「そうか……生き残ったのは君たちだけか」
オリヴィアと晃真から話を聞いた杏奈は言った。
彼女の目には涙が滲んでいる。当然だ。杏奈は親友を何人も失ったのだ。パスカルの死を聞いた時は、珍しく取り乱していたくらいだ。
「それでも、君たちがやつらを道連れにすることを選ばなくてよかった。ゆっくりしていくといい。ちょうど昨日、収穫祭が始まったんだ」
と、杏奈は言った。
「収穫祭?」
「春月では毎年3週間くらい収穫祭をするんだよ。その期間にはかぼちゃと狐面を飾るのが習慣になっている」
杏奈は春月の収穫祭について説明する。このとき、彼女はどこか物悲しさを浮かべていた。
「後で行ってくる。けど、今回の戦いに関わった人たちがどうなったか聞いていい?」
オリヴィアは尋ねた。
「まず、マルクト支部は戦いに間に合わなかったジダンだけが生き残った。天照のレフも生き残っているが、別組織ということで相互不干渉でいようということになった。それから、ミリアムの一行。色々とあったが、スカウトするに値する人物なので会長が直々にスカウトしているな。羽黒陽乃は了承してくれたそうだ」
と、杏奈は語る。
「エレナさんは……」
「ああ……エレナは……」
杏奈はエレナのことに触れられれば唇を強く噛む。その様子から、オリヴィアはエレナの身に起きたことをそれとなく察した。
「先遣隊として本拠を発見した後に連絡が途絶えた。もうあれから10日は経っている……生存は絶望的だな」
感情を発見した押し殺しながら杏奈は言った。
だが。
しばらくして春月支部に来客があった。
受付の職員に通され、杏奈の元までやってきたのはエレナだった。ただし左手――義手は破壊されているのか今日は片腕だ。
「ただいま、杏奈……ってなーにしんみりしてんだよ。勝手に私を殺すな!」
エレナは言った。
「死地に赴いた、連絡が取れない、行方不明。その状況ならさすがのあんたでも死んだと判断されてしまうだろう」
と、杏奈は言った。
「強敵にやられて携帯端末も壊されて助けも来ねえ森だぜ。まあ、私じゃなきゃ死んでたかもな」
「気軽にそういうことを言うもんじゃない」
杏奈はそう言うとため息をつく。だが、親友の生還を本心から喜んでいることは確かだ。
「それでもあんたがただいまって言ったんだ。私も言うよ。おかえり」
と、杏奈は続けた。
「で、私もちょっとだけ春月の屋台を目当てに来たんだけどよ。そろそろ収穫祭の季節じゃねえか?」
「もう始まっているぞ。オリヴィアたちを連れて行ってやってくれ」
エレナに連れられ、オリヴィアと晃真は収穫祭のメイン会場である春月駅前に来ていた。怪奇現象やホラーなどで有名な魔境も祭りの時は賑わうものだ。
オリヴィアと晃真は浴衣に身を包み、狐の面を頭につけていた。その様子はどこからどう見ても仲の良いカップル。実際にそうだ。
「オリヴィア。春月のラーメンは食べたことあるか?」
晃真がオリヴィアに言う。
「ないよ。旅館にもなかったし。わたし、春月の料理は詳しくないし……」
「春月のラーメンは一度食べるとやみつきになる。ジダンもハマると大変だとか言っていたぞ」
と、晃真。
オリヴィアは春月のラーメンが気になって屋台で注文する。
屋台の中年男性に渡されたのは、使い捨て容器に入れられた白濁のスープと細い麺。上にはネギや焼豚がトッピングされている。ラーメンは濃厚で癖になりそうな匂いを放っている。
オリヴィアは近くの椅子に座り、机の上にラーメンを置く。それから蓮華に麺とネギとスープを入れて口にする。
「おいしい……! 春月の人ってこういうのをよく食べてるんだ!」
オリヴィアは表情が一気に明るくなり、そう言った。
「そうだな。杏助さんは週に4回くらい食べてるらしいぞ」
と言って、晃真はラーメンをすする。
ずるずるという音を聞きながらエレナはなんともない表情を見せ。
「可愛くねえ」
と、呟いた。
すると、オリヴィアはエレナを見て言う。
「なんで? 晃真は何しても可愛いから」
「あー……そうだった、オリヴィアと晃真ってそういう関係だったな。晃真もオリヴィアに可愛いって思われてるんなら、オリヴィアを大切にしろよ。じゃないと、どこぞのお姉ちゃんが攫いに来るぜ」
エレナは悪い笑顔を見せた。
「ああ。必ず幸せにする」
晃真はそう言った。
「……さてと、私も会わなきゃならねえ人がいるんでね。次はシンラクロスだったか」
甘い空気を醸し出すオリヴィアと晃真を横目にエレナは呟いた。
彼女は生還してまずこの春月の地にやってきた。次はシンラクロス、さらに鮮血の夜明団本部のあるディレインまで行かなくてはならない。
「ったく、死亡疑惑が出ると面倒すぎるぜ。ミリアムにも伝えることがあるし……」
と言ってエレナは立ち上がる。
「2人は楽しみな。私は生きてることを伝えてくるぜ」
エレナは春月駅前の広場から駅構内に入っていった。彼女を見送った2人は顔を見合わせる。
「わたしたちも、一段落したらあの村に行くんだよね」
オリヴィアは言った。
「そうだな。もし嫌なら……」
「行くよ。そこでしか話せないこと。誰にも聞かれたくないことがあるから」
晃真が言うのを遮り、オリヴィアは言った。
彼女は一体何を考えているのか――




