24 ダンピールは血の味の記憶を持つか
「一緒に戦おう」
空間に干渉する茨とともに現れたのはリンジー。どこか物悲しげな彼女だったが、その瞳には決意と覚悟があった。
「おっせーぞ、リンジー! イデア界に到達できたならいいけどさ!」
リンジーの姿を見てオルドリシュカは悪態をつく。だが、彼女もリンジーの参戦を心待ちにしていたことは確かだ。
「よし、役者は揃った。このままトイフェルをたおすぞ」
と、レフ。
イデア界に到達したオリヴィア、晃真、リンジー。バグを引き起こす能力を持つレフ。不死身のオルドリシュカ。
このメンバーで勝てるだろうとレフは確信していた。
トイフェルとオリヴィアたちとの間には荊の結界が張られている。リンジーが戦いへの介入時に張ったものだ。これを見てトイフェルは攻撃をやめた。
「お前は……誰だか知らんが裏切り者とだけはわかる。いや、リュカを殺したやつか」
トイフェルはリンジーの姿を見てこう言った。
「モーゼス、麗華、昴、ハリソン、リュカ、タスファイ、エレイン、クラウディオ、ロム、ヴァレリアン、ダフネ、マティルデ、そして我が息子アイゼン。お前たちに殺された同志の名だ。お前たちに、これだけ殺されている」
トイフェルの姿は復讐の鬼と重なって見えた。
だが。
「復讐に正統性なんてないよ」
トイフェルにも怯まず、オリヴィアは言った。
すると、トイフェルは展開したイデアの圧を強めて言う。
「言えるものならもう一度言ってみろ」
「復讐に正統性なんてない。わたしもあなたも、キルスティも晃真も。復讐を始めたときから悪だって言ってんの」
というオリヴィアの言葉は確実にトイフェルの神経を逆撫でした。
トイフェルはオリヴィアとの距離を一瞬で詰め、靴の仕込みナイフで斬りつけようとした。が、そこに介入するリンジー、晃真、レフ。
荊がトイフェルへと伸びる。
トイフェルは荊との距離を限りなく伸ばす。
逆方向からは晃真の熱の剣。
トイフェルは晃真との距離を反転させ、晃真は勢い余って木にぶつかった。
レフの霧の密度が上がり、距離――トイフェルのイデアが誤作動を起こす。
「しまった……!?」
トイフェルが言葉を漏らした直後。オルドリシュカの斬撃。
さらに晃真とリンジーも態勢を立て直して攻撃に入り、オリヴィアも続く。
「この程度……」
「本当にそう?」
と、オリヴィア。
オリヴィア、トイフェル、晃真、リンジー。
イデア界に到達した使い手の能力がぶつかり合い、空間が大きく揺らぐ。それはトイフェルの予想以上で、距離の操作さえも受け付けず。まるで異世界へのゲートのようなものが一瞬だがあらわれる。
そいつの前に時空系のイデア能力はあまりにも無力。
オリヴィアは見逃さなかった。
黒の姿となったオリヴィアは圧倒的な影の物量でトイフェルを包み込み。闇の空間にはオリヴィアとトイフェルふたりきりになった。この空間で、トイフェルは影により拘束され、イデアの展開すらままならない。
「くそ……殺せ。私はもはや支配者ではいられん」
トイフェルは言った。
「なんで?」
聞き返すオリヴィア。
「絶対的な存在ではなくなったのだ。絶対的な存在でない支配者に何の意味がある?」
「だから仲間とか同志がいるんでしょ。わたしはそう思う。アンジェラだって同じこと考えてた。あの街に遺された手記にそう書いてあったし」
と、オリヴィアは言った。
トイフェルはオリヴィアのことを無力な娘だと侮っていた。だが、実際は違う。同じ血を引き、母親と同じく世界を滅ぼす因子を持っていた、仲間にも恵まれた人物だ。トイフェルは娘のことを何一つ理解せず、何一つ理解しようとしなかった。
そんなトイフェルに対してオリヴィアは情を見せた。
「そうだ。血縁者だからチャンスをあげる。もし改心してこれまでに同志と一緒に苦しめた人を救済するなら命だけは助けてあげる」
仮にトイフェルがダフネのような人物ならばこの誘いには乗るだろう。だが。
「私に似て上から目線な物言いだな。乗らんぞ、そんなことに。私はカナリス・ルート。ならばここで滅びる他はない」
トイフェルはここでばっさりと断った。
「そう。それならここで殺さないとね」
「そうするがいい。オリヴィア。お前は血の味を知っているか?」
オリヴィアが影のエクスキューショナーをトイフェルに向けた時、トイフェルは尋ねた。意図のわからない問いにオリヴィアは戸惑うが、少し時間を置いてこう言った。
「人間の血の味は知らない。吸血鬼とダンピールは知らないし、人間の血の味は味わったこともないよ」
直後、彼女の操る影のエクスキューショナーはトイフェルの首を刎ねた。
トイフェルの血が広がり、影が薄れる。
すべてが終わった――
オリヴィアの展開した影が消えた。
オリヴィアたちはトイフェルに、カナリス・ルートに勝ったのだ。
「生きてここにいられない人もいるけど、やったよ」
オリヴィアは晃真たちの方に向き直り、言った。彼女の目には涙が滲んでいる。
「生きていてよかった……負けてもあんたが生きていることを願ってた……もう二度と離さない……」
と言って、晃真はオリヴィアを抱き締める。
その様子を共に戦った仲間は温かい眼差しで見ていた。




