22 天上決戦Ⅲ
トイフェルに攻撃が届くことなどない。
千春もそう考えていた。だが、彼が描いた軌跡に乗せればトイフェルにも一太刀浴びせることができた。
「……いけるかもしれない」
千春は呟いた。
そんな中で、今度はオリヴィアが別方向から影で猛攻を仕掛けていた。今の彼女は髪が黒く染まり、四肢にも影が沈着したかのよう。
対するトイフェルは距離を伸ばし、時には詰めて対応していた。
そのたびに時空が揺らぐ。
時空系の能力はその揺らぎで対応できる。千春とオルドリシュカは空間が揺らぐ瞬間を狙って斬り込んだ。するとトイフェルは距離を面で操作して対応。
千春とトイフェルの目が合った。
「まぐれをまぐれじゃなくしようか」
千春はそう言ったが、次の瞬間。千春の顔面が潰され、脳まで破壊される。
即死した千春はそのまま地面に倒れ。
「千春!?」
と、オルドリシュカ。
そんな彼女もあっけなく殺される。
この場で立っているのはトイフェルとアイゼンの他にはオリヴィアだけだ。彼女の攻撃も空間を揺らがせているとはいえ、トイフェルには届いていない。
「……思いの外余裕が出てきたか。オリヴィア、話くらいは聞いてやろうか。お前は何がしたい?」
と、トイフェル。
「わたしは……見捨てられる人を見殺しにしたくない。苦しんでる人を助けたい。でも今の世界じゃできないから、わたしが世界の支配者になるの。これがわたしの答えだよ」
オリヴィアは言った。
「なるほど。支配者は2人もいらんな。話は聞かせてもらったが、やはりお前には死んでもらうしかないらしい」
と言って、トイフェルはオリヴィアの眼前に現れて手刀を叩き込む。だが、手刀を叩き込まれたオリヴィアは実体がないようで。
今の彼女は影と一体化し、攻撃を加えようにもすり抜けてしまう状態だった。
それに気づいたのはアイゼン。
「……ボス! 攻撃なら通せるから!」
と言って、血のイデアをオリヴィアにぶつけ。
実体があってないイデアどうしがぶつかる。オリヴィアは血の刃に斬りつけられ、肩に傷を負う。
これを見て、アイゼンはさらに畳みかける。影の刃に血の刃をぶつけ、斬りつけ。
オリヴィアの黒の姿は解除させられた。
「終わりだな。お前の世界を知らん理想は、見ていて不愉快だったぞ」
と言ってトイフェルがとどめを刺しにかかったときだ。
トイフェルはオリヴィアの眼前から、森の木の上――それも空中に移動させられていた。
周囲には霧が立ち込めており、戦闘が始まったときとは雰囲気が一変していた。その霧もどこかノイズのようで。
「ああ……千春はやられてしまったか。おれがもう少し早ければ犠牲も少なかったか?」
レフだ。
トイフェルとの戦いに加勢するためにミリアムらとともにスラニア山地まで赴き、ここで参戦する。
「何をした」
レフの参戦を悟り、トイフェルは空中に浮遊させられたまま言った。
「いやー、おれもわからないとしか言えないな。バグは作成者や使用者の意図しない挙動を引き起こすのでね。おれが能力を使ったらこうなるだけだ」
と、レフは答える。
「バグ……」
「そうだ。おれの能力は何が起きるかわからんが、ある程度法則性はある」
オリヴィアに聞かれるとレフは言う。
すると。
「知っているぞ。大陸でもっともふざけた能力。まさか私が敵に回すことになるとは――」
トイフェルがそう言った瞬間、トイフェルの能力が強制的に解除される。トイフェルもアイゼンもオリヴィアも、オルドリシュカもレフ本人も何が起きているのか理解できず。だが、それがチャンスだと動いたのはオリヴィア。
地上から影を伸ばし、浮遊させられるトイフェルを切り裂こうとした。すると、トイフェルは何らかの力を受けてさらに高く吹っ飛ばされる。
「ふざけてる……何このイデア!」
と、アイゼン。
だが、バグの魔の手は確実に彼にも迫っていた。アイゼンがレフに向かって血の弾丸を飛ばせば、アイゼンが地面に沈んでいく。まるでゲームにありがちなバグのように。
「レフ……これ、あなた一人でいけるんじゃないの?」
アイゼンの様子を尻目にオリヴィアは言う。
「いや、おれ1人では無理だ。たとえイデア能力を一時的に解除できても戦いである以上、再現性は保証できない。何より、トイフェルは一度見た攻撃にすぐ対応するし、おれには決定打がない。おれにできるのは場づくりだけだ」
レフはそう答えた。
いまいちよくわからないオリヴィアだったが、それでもトイフェルが能力を解除されている今は攻撃のチャンス。吹っ飛んだトイフェルを追跡するように影を伸ばし、切り裂く。
だが、それと同時にアイゼンの伸ばした血がオリヴィアを拘束した。
「僕を無視しないでよ」
拘束したオリヴィアに向かってアイゼンはそう言った。
血のイデアはオリヴィアを少しずつ侵食し、生命力を奪う。それでも侵食は遅い方。オリヴィアは吸血鬼の血を引いていたから。
「だってあなた、地面に沈められてた……」
「それでもダウンさせられたわけじゃないから」
ばっさりとアイゼンは言う。
彼の瞳はオリヴィアを軽蔑しているようで、憎んでいるような感情が込められていた。
「ボスが殺してもいいけど、僕が殺した方がいいよね?」
アイゼンはそう言った。
レフが介入したとはいえ、戦況はまだ有利だとはいえなかった。




