18 天上決戦Ⅰ
オリヴィアがマティルデやダフネと戦っていた頃、晃真とランスは本拠を目指していた。
位置情報に示された場所は近い。いよいよだ、と気を引き締めたときだ。2人の前に男とも女とも取れないような金髪の人物が現れた。
「本拠に何をしに来たの? まあ、目的なら聞かなくてもわかっているけど。父さ……ボスを倒しに来たんでしょ。カナリス・ルートに止めを刺しに」
その人物は言った。
「俺達の目的もお見通しか。で、もし俺が家族に会いに来たと言ったらどうする?」
ランスは尋ねる。
するとその人物、アイゼン・カナリスは答えた。
「そんなことはありえない。だって、ボスの家族は僕だけだから。そうでしょ、ボス」
最後にアイゼンが囁くと、本拠の方向からとんでもない気配が近付いてきた。かと思えば一瞬で晃真やランスとの距離を詰め。
「その通りだ。たとえお前以外の子を名乗る人物が現れても認知はしない。大陸の秩序を守るためだ」
気配の主はトイフェルだった。
一度彼と相対したことのあるランスは身構える。能力の詳細を明かさなかったトイフェルだが、実力はランスのそれをゆうに上回る。それだけは理解していた。
再びランスの前に現れたトイフェルは相変わらずの圧を放っていた。
「さて、よくも私の同志たちを殺してくれたな」
と、トイフェルは言う。
彼を前にして、晃真はイデアを展開しようとした。だが。
「まだだ。攻撃するにはまだ早い」
平静を保とうとしながらランスは言った。
トイフェルに安易な攻撃は届かない。彼には何かがある。
「同志? 同業者の間違いだろう。コネクションは違えど全員が武器商人らしいな」
「違う。レムリア大陸の秩序を裏から保つという志を抱いた同志だ。二度と間違えるな」
ランスが言うとトイフェルは圧を前面に出して訂正する。
ここが戦いの始まりとなった。
ランスは何のモーションもなしにトイフェルの足元に、エネルギーを地面伝いに放出。トイフェルはその衝撃でのけぞるも、すぐに臨戦態勢に入る。からの、イデアを見えるように展開した。トイフェルのイデアは空に浮かぶ黒雲と悪魔が組み合わさったような禍々しいビジョンを持っていた。
「いくぞ!」
ランスが声をかけると晃真もイデアを展開する。そうして晃真はトイフェルへと突っ込むのだが。この時点で晃真は違和感を覚えた。どう足掻いてもトイフェルにはたどり着けない。見えているというのに、トイフェルまではあまりにも遠いのだ。
ランスはこの違和感を知っており、炸裂弾を投げる。だが、それもトイフェルや彼のイデアには届かない。
トイフェルに届く前に炸裂し、晃真のイデアがかき消される。
その隙を狙い、トイフェルは一瞬でランスに接近し。
「同志たちの無念、晴らさせてもらうぞ」
と言って、右腕でランスの胸を貫いた。
ランスは即死。トイフェルはランスをゴミのように投げ捨てた。
「次はお前だ、高砂晃真。たとえ昴が望んでいたとしても、私はお前のしたことを認めん」
鬼のような形相でトイフェルは言った。
すると晃真もそれに応じる。イデアを操作し、熱の塊を地面に薄く伸ばした。
「俺もだ。キルスティもエミーリアもパスカルもヒルダも、お前たちに殺された。俺たちが無念を晴らす」
と、晃真。
正面からトイフェルに挑むことが無謀ならばと、晃真は面制圧を試みる。だが、当然というべきかトイフェルに攻撃は届かない。
一方のトイフェルは晃真の攻撃を届かせていないかのように退け、晃真に迫る。が、攻撃はしない。
「……お前をそうして殺すことは危険か」
晃真の眼前で呟くトイフェル。
彼が晃真を攻撃するかわりに、アイゼンがイデアを展開した。アイゼンが展開したイデアは血のビジョン――オリヴィアのイデアを真紅に変えたようなビジョンを持っていた。
「困惑したね。でも、これで終わり」
血のイデアは晃真を飲み込み。晃真はその中に姿を消した。
「よくやったぞ。さすが我が息子だ」
「そんなことはないよ、ボス。まだまだボスのようにはなれないって」
と、アイゼンは笑う。が、すぐに彼は笑うのをやめた。
本命が近づいている。トイフェルとアイゼンにとって、ランス以上に因縁ある人物――
「……来てるよ、オリヴィア・ストラウス。存在してはいけない、世界を滅ぼし得る存在が」
アイゼンは呟いた。
その直後。
影が辺りに展開され、足元から無数の刃が現れる。それらはアイゼンとトイフェルを狙って宙を舞う。
トイフェルはイデアを操るモーションもなく影の刃を退ける。当たっているようでも、その実彼には届いていない。
アイゼンは血のイデアをオリヴィアがやるのと同じように操り、真正面から影を切り裂く。
切り裂かれて霧散する影、蠢く影の向こう側に彼女はいた。
悪の吸血鬼の血を引くダンピール、世界を滅ぼし得る『怠惰』の因子を持ったイレギュラー、影のイデアによりイデア界に到達した者。
その名もオリヴィア・ストラウス。
「見つけた。あなたたちさえ斃せば、カナリス・ルートは本当に終わる」
彼女の淡々とした声は死神の声のようでもあった。
だが、その姿は影に染められた姿ではない。いつものオリヴィア。旅をしてきたときの姿だった。
「寝言は寝て言うことだ、オリヴィア。我らカナリス・ルートに敵う者などおらん」
オリヴィアを前にしても、トイフェルはこう言った。
彼自身がオリヴィアよりも格上だから。




