13 白の半吸血鬼猟兵
車が斜めに両断され、一行は分断される。オリヴィア、リンジー、ヒルダは道の真ん中に投げ出され、アスファルトに体を叩きつけられた。アスファルトで舗装された道はスラニア山地のふもとを通る幹線道路。車が全く通らないわけではなく、その危険性も理解していたリンジーはいち早く立ち上がってオリヴィアとヒルダをかかえて森に入る。
一方の晃真、ランス、エミーリアは反対側の森に投げ出される。
「怪我はないか!?」
ランスはいち早くハンドルから手を離し、受け身をとったことでほぼ無傷。視界からさっきまで見えていたものが消え、焦ってはいるが。
「私は大丈夫だよ。晃真はどうなんだい?」
「俺も大丈夫だ。それよりオリヴィアは……ヒルダとリンジーもいないぞ」
と、晃真。
「参ったねえ。本当は全員で突入するつもりだったんだが――」
エミーリアは言い終わらぬうちに、斬撃を躱し。
「誰だい? ここで私たちを襲撃したということは、カナリス・ルートということで間違いないのかい?」
さらにエミーリアは続け、右腕にイデアを展開した。
「御名答です。ただ、なんであなたがいるのでしょう? 名前も知らない、ミラン……ミリアムを洗脳したダンピールが」
森の中から現れた襲撃者はマティルデ・クロル。ウェーブがかった銀髪をシニヨンにし、純白の軍服に身を包んだ女だ。彼女の片手には刃付きのレイピアが握られ、殺意をあらわにしている。
「エミーリア・カレンベルクだよ。それと、ミリアムは私と関わらずともああなったがねえ」
と、エミーリアは言った。
「ただしあなたが関わったことは事実です。本家の環境はさておき、変わるきっかけを作ったのはあなたです。全く、どうしたものでしょうね?」
マティルデはそう言うと、目にも止まらぬ速さで斬りかかる。彼女の持ち味はその素早さ。キルスティ並かそれ以上のスピードということもあり、エミーリアは防ぎきれずに刃をその身に受けた。
「くっ」
「ダンピールも血の色は赤なのですね」
マティルデは言う。
エミーリアは反撃に入ろうとするも、動こうとしたそばから斬られ。右腕の攻撃は避けられ。そもそも、この場――人がほとんど死んでいない場ではエミーリアも本領を発揮できない。
焦るエミーリア。
それでも、だからこそマティルデは手を抜かない。半吸血鬼猟兵の彼女は、ダンピールを狩ることに価値を置いているのだ。
刃つきレイピアがエミーリアの肌を再び抉った。痛みに顔を顰めるエミーリアに、口角を上げるマティルデ。エミーリアは奥の手を使おうと、左腕にイデアを展開。今度は左腕が異形と化した。
マティルデが斬る。エミーリアが左腕で受け止める。マティルデにダメージが返る。マティルデはすぐに起きたことを理解し。
「くっ……! そうですかそうですか、迂闊に攻撃できませんねえ!」
そう言ってイデアを展開。鎖のビジョンはエミーリアに巻き付いた。だからといってエミーリアの行動が制限されるわけでもないのだが――
鎖のビジョンを放った隙を見て、エミーリアはマティルデに接近。右の拳を叩き込んだ。たが。
「!?」
エミーリアは腹部に強い痛みと衝撃を覚える。まるで自身の能力で殴られたかのよう。
エミーリアがのけぞったのを見て、マティルデはイデアの展開を解除。レイピアでエミーリアの首を刎ねた。
「さて……次は。コイツと一緒にいた野郎2人より、優先すべき相手がいるんですよねえ。2人も……」
と言いながらマティルデは純白のハンカチでレイピアについた血を拭い、放り投げた。
彼女は元とはいえ、半吸血鬼猟兵。本分であるダンピール討伐は忘れていない。悪を狩るダークヒーローの顔をして、彼女は幹線道路を横断する。向かうのはオリヴィアのところ。
その頃、オリヴィアは以前感じたことのあるような気配に気付く。唐辛子のついた舌で舐め回すようにねっとりとして、それでいてピリピリとする。
オリヴィアは思わずイデアを展開した。イデアを通じて周囲の気配を探り。
エミーリアは先ほど殺された。
晃真とランスは攻撃されていないが、意図的にイデアの出力を抑えている。さらに、件の気配は近付いてくる。その気配の主は――
「ありえない……だって、あの気配の持ち主はわたしがちゃんと息の根を止めたはず」
オリヴィアは周囲の気配を探りながらそう言った。
そう、気配の主とオリヴィアは戦ったことがある。周囲の様子がわからない迷宮で、襲撃してきた彼女を返り討ちにした――だが。どうやらオリヴィアの認識そのものが間違っていたようだ。
「はい。あなたはそう思っていたようですが、私はそうではありません。あの場で、一体どんな力が行使されていたか、あなたはご存知のはずでは?」
その声とともに、マティルデはオリヴィアの前に姿を現した。
マティルデの姿は暁城塞でオリヴィアと戦ったときと変わらない。が、イデア能力は当時を大きく上回る。とにかく圧がものすごく、エミーリアを殺害したことにも説得力が出る。
「完全催眠」
と、リンジーはオリヴィアの後ろでそう言った。
「ええ、よくお気づきですね。私、あなたに負けてずーっと考えていたんですよ。あなたをどうやって斃すか。それを思いついたので、やらせていただきたいなと。ねえ、悪の吸血鬼の後継者さん?」
マティルデはそう言って邪悪な笑みを浮かべた。




