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8 世界線を超える双子

 ゲートへと引きずり込まれたアナベルとグラシエラ。途中、アナベルはグラシエラの手を振り払おうとしたが、それは叶わない。グラシエラはアナベルの手をぐっと掴み、離さない。

 共に世界線を超える覚悟があった。




 †




 アナベル、覚えてる?

 私とあなたは復讐のために世界線を超えた。ある人を、トロイ・インコグニートを追って世界線を移動したって。


 きっかけは私がトロイ・インコグニートに辱められ、汚されたときだ。私は世界の破滅を願ったし、やつの死を願った。けれど、やつは異世界に逃げた。目的はさておき、やつはこの世界からは手出しのできない存在になっていた。


 このことを知ってふさぎ込んでいた私にアナベルは手を差し伸べてくれた。血を分けた半身が苦しむところを見たくなかったのかもしれないし、別の目的もあったのかもしれない。

 理由はわからなくとも、アナベルは汚された私のためにやつを殺そうとしてくれた。

 これは私の勝手な想像だけど、私とあなたはふたりでひとつだったから一緒に復讐しようとしてくれたよね。


 あなたが変わったのはやつが死んでもう復讐を果たせないと知ったとき。

 絶望する私にむかってあなたは「どうにかする」と言ったけど、結局あのとき再開するまで何年も会えなかった。その間にあなたは変わりきってしまった。あなたは狂ってしまったね。


 私はといえば不本意ながらもロムに見初められて、悪事の片棒を担いだ。そこで会ったのが、平行世界のあなた。きっとリンジーとあなたは性根が同じだったのだと思う。

 あなたも、彼女と同じくどこまでも純粋だったんだ。


 あなたは自身を「無価値」だと言って、快楽と殺戮を求めるようになっていた。髪色もすべてが変わったようで、私は受け入れられなかった。あなたは私の知っていたアナベル姉さんではなくなっていた。


 あなたも私も、この世界に狂わされた。

 この世界は、私たちが正気を保つには厳しすぎる。

 私はトロイ・インコグニートを殺した男と会って、語り合って、気持ちの整理がついた。ならばもうこの世界にいる理由なんてない。


 帰ろう、アナベル。

 私達はここにいるべきではない。

 せっかく帰れる手段があるのだから帰らなくてはならない。

 そのためにロムの遺産、人工ゲートを手に入れたんだ。

 今度は私がアナベルを導く番だ。




 †




 世界線の狭間、アナベルとグラシエラは荒れ狂うイデアの波の中に浮いていた。

 ここは常人ならばたやすく正気を失う場所。だが、2人は違う。イデア界に到達しうる想いを持った2人は狂ってなどいない。


 だが、アナベルはこの混沌とした空間で目を白黒させていた。


「戸惑うだろうね……もう10年以上見ていないんだ」


 と、グラシエラは言った。

 アナベルは何も答えない。ただ、何か思うことがありそうな表情を見せている。

 帰ることを拒もうとしたあたり、アナベルはあの世界――オリヴィアのいた世界に未練でもあったのだろう。それでもグラシエラはアナベルを連れ出そうとした。


 世界線の間は様々な記憶が流れ込む。

 並行世界の同一人物の記憶が一気に流れ込むことで人が変わったかのように豹変する者もいる。アナベルもそのひとりだった。15年前に世界線をこえたとき、アナベルの中にリンジーの記憶、リンジーの人格が時を超えて流れ込んだ。だからアナベルはああなった。


 そんなアナベルの中から、リンジーや他の世界線の『アナベル』の記憶、人格、意志が抜け落ちる。再び世界線を越えようとしているから。

 やがて、アナベルの中のかつてのアナベルがクリアになり。


「……私はあの世界で何をしたかったんだ」


 アナベルは呟いた。

 彼女は狂人のように快楽と殺戮を求めた彼女と同一人物だとは思えないような表情を見せていた。簡単に言えば憑き物が落ちたかのよう。


「復讐のため。15年前、汚された私のために世界線を超える決断をしてくれたし、ゲートを作ってくれた。あなたは私のためにあの世界に一緒に行ってくれた」


 と、グラシエラは答えた。


「思い出した。あの男……異世界に逃げたんだよねえ。本当に卑怯だ」


 アナベルは言う。


「ねえ、アナベル。姉さん。今の気分は?」


 グラシエラは尋ねる。


「さあねえ? まあ悪くない。私はあの世界では快楽に取り憑かれていたようだったよ」


 アナベルは笑いながら答えた。


「それが姉さんが心を守る手段だったのなら、私は責められない。オリヴィアに悪影響しかなかったのは弁解のしようもないけど」


「悪影響、ねえ。これでもオリヴィアの前では我慢したんだよねえ」


「最後の方は隠せていなかったのに」


 と、グラシエラも笑う。


 グラシエラとアナベルは影の手を辿り、縁を手繰る。生まれた世界に、人は強い縁を持つ。ひときわ強い縁から、元の世界へ。


 やがて世界線の狭間の闇は開け――2人はクレーターの中に投げ出された。


 クレーターのあるその地には、雨が降っていた。傘など持たない2人に雨は容赦なく降り注ぐ。瞬く間に2人はびしょ濡れになったが、2人は笑っていた。


「これからどうやって生きていこうか?」


「きっとなるようになる」


 濡れて泥まみれになった2人は立ち上がり、歩き始めた。



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