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9 もう1人

「どうした、キルスティ。降参するかい?」


 アナベルは笑う。

 そんな彼女の顔を見てキルスティは後ずさりながら。


「あんたに降参するのは癪だ……けど、私は何をしていたんだ?」


 アナベルの顔を見ながら言った。

 手には自身の展開したハサミの形のイデアが、そして目の前には直前まで戦っていたような様子のアナベルがいる。キルスティはわけがわからなかった。


「洗脳されてたよ、おそらく。少なくとも晃真に攻撃したときからはね」


「ええ……私が、晃真を」


 アナベルが言うとキルスティは顔をしかめた。

 キルスティはこれまでにしたことを思い出せないでいる。それくらいに動揺しているのか、あるいは。


「そうだ、晃真は? エミーリアは? あと、オリヴィアも。私とあんたしかいないよ、ここ」


「戦ってたからね。君の洗脳が解けたならまた事情も変わるはず。ちょっと連絡してみようか」


 と、アナベル。


「いや、ここ多分電話できるとこじゃない」


 キルスティがそう言う傍らで、アナベルはどこに隠していたのか服の中からメモ帳を取り出すとタクティカルペンで文字を書き始めた。

 何をしているのだろうと考えていたキルスティだがアナベルのしようとしていることはすぐにわかった。


 書き終わるとアナベルは手紙を折り畳んで飛ばした。

 風が吹いている訳でもないのに手紙は空中をすうっと移動していくのだ。そんな光景を初めて見たキルスティはぽかんとしていた。


「電話できなくとも連絡はできる。まずはオリヴィアに連絡した。あの子なら確実に状況をわかっているよ」


 アナベルはそう言うと笑みを浮かべた。


「……何笑ってんの。気持ち悪い」


 と、キルスティは毒づいた。


「ま、次に何かあれば私もまともに参戦できればいいな。なぜかあんたは無事みたいだし」


「そうだね」


 アナベルは詳細を語ろうとしない。が、これまでのことを知っている彼女を不審に思ったキルスティ。アナベルの顔を見ると。


「で、なんで無事だったわけ?」


「イデアの効果を受けなくなるクッキーを食べたから。とりあえず受け取ってくれそうだったのがオリヴィアだけでね」


 自慢しているかのようにアナベルは答えた。


「そっか。確かに私も晃真もあんたのことは信用しない。あんたは素性を語らないし怪しすぎる」


「酷いなあ。信用していないのは薄々気付いてたけど」


 と、アナベル。彼女はまた手紙を飛ばした。

 別行動しているのはオリヴィアだけではない。晃真もエミーリアもここにはいない。




 ――嘘だ。信じられない。


 オリヴィアは確かに聞いた。聞き間違いであってほしいとは思っても、今となっては確かめるすべもない。


「なんでロム姉が? 嘘だよね、ロム姉はわたしが一番信じていた人なのに?」


 まだその目で確かめていないから、カレルが嘘を伝えた可能性もある。オリヴィアはその可能性を信じて再びカレルの亡骸を見た。

 その亡骸に首はない。が、傍らには胴体から切り離された首が転がっている。目は潰されて血まみれになっている。――これもすべてオリヴィアがそのときの感情に任せてやった。今になって確かめられないことを後悔していた。


 そんなとき、オリヴィアのもとに手紙が飛んでくる。血溜まりの近くに落ちた手紙は今にも血で汚れそうだったのでオリヴィアは手紙を拾い上げた。


『乗客とキルスティの洗脳が解けたみたいだ。君が敵を討ってくれたおかげ。ありがとうね。

 アナベル』


 文面にはこう書かれていた。


「……そっか。大した情報は得られなかったけど、これで洗脳が解かれたわけだよね」


 オリヴィアは呟いた。


 ――アナベルも伝えてくれてありがとう。でもね、まだ終わりじゃない。そいつが言うには、夜になると現れる敵がいるから。むしろ私たちの戦いはこれからが本番かも。


 オリヴィアは手紙の裏側にペンで返事を書くことにした。


『1人は倒した。カナリス・ルートについての正確な情報は得られなかった。でもまだ敵はいる。私みたいに夜に強くなる敵か吸血鬼だと思う。気を抜かないで。

 オリヴィア』


 そうやって書き終わると、オリヴィアは手紙をアナベルに向けて飛ばした。


「考えないと。乗客に偽装となれば厳しいけど、他の方法は。次の敵は、どこにいる?」


 焦りの感情に押し潰されそうになりながら、敵の正体について考える。今はそれしかできないから。


 とりあえず、と考えてオリヴィアは再び影で車内を偵察することにした。そしてカレルを目撃したデッキ。そこにあるスーツケースは不穏な気配を放っていた。


 ――もしかして。




 アナベルのもとに手紙が飛んできた。

 浮いていた手紙を手にとって文面を読むなりアナベルは口角をあげた。


「第2ラウンドってやつかい?」


 アナベルは呟いた。


「見せて」


 キルスティは何を思ったか手紙をひったくって文面を見る。そこには吸血鬼がいるかもしれない、というような内容が書かれていた。


「まずい。吸血鬼でも夜に強くなるイデア使いでも私たちが不利になることには変わりない。けど吸血鬼なら……私に任せて」


 キルスティは言った。


「何か秘策でも?」


 アナベルはにやにやと笑いながら尋ねた。


「あんたに伝えるほどあんたのことを信用していないけど。半ば戦犯になったし、次は活躍しないとね」


 と、キルスティ。だが彼女は秘密を教えようとしない。


「洗脳されなかった秘密を教えた仲だというのに。酷いよ」


「ちょっと黙れ」


 キルスティはアナベルを切り捨てるかのように言った。




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