4 可能性は無限大
よろめきながら立つイリス。眼の前の敵は、戦うにはあまりにも強大だ。が、むざむざ殺されていては時間稼ぎすらできない。
イリスはイデアを展開。彼の展開したイデアは影でできた2頭の猫。影の猫は展開されてすぐに姿を消す。だが、マティルデは性格なレイピアさばきで影の猫をかき消す。
「くっ……」
イリスもイデアを消されることを想定し、ホルスターから銃を抜いて発砲。
マティルデは銃弾をも切り裂いてイリスとの距離を詰め。イリスの喉元に切っ先を突き付けた。
「ふうん。諜報しかできない雑魚なのお?」
と、マティルデ。
イリスはイデアを再展開しようとするも、マティルデはそれよりも早くイリスの首をかき切った。
マティルデはレイピアの刀身を拭って納刀。
そうして上着の懐から携帯端末を取り出し、ある人に電話をかける。
「ダフネちゃん? 今日も可愛いよねえ。そっちの様子はどお?」
ゆるゆるとした口調で話すマティルデ。
『場所の目星はついた。まさか同じ方法で隠しているなんてね。あんたらの状況はどうなの』
「私たちを嗅ぎ回る不届き者がいるみたいなんだけどねえ。念のためダフネちゃんもやっちゃって?」
と、マティルデ。
『了解。うまくやる』
それだけを言って電話を切ったダフネ。
先に電話を切られ、なんとも言えない表情を見せる。とはえい、マティルデにはまだやることがあった。彼女が見た侵入者はイリスだけではない。
「やっぱり嗅ぎ回っているんですねえ、エレナ。不愉快なので彼女にも消えてもらいましょう」
くふふと笑い、マティルデは本拠方面へと歩いてゆく。死神はゆっくりと、だが確実にエレナへと近づく。
マティルデの気配を感じ取り、エレナは戦闘態勢に入る。その少し前にイリスの気配が消失したことも感じ取っていた。これが意味することはひとつ。イリスは殺された。
今ここで優先すべきことは何か――
エレナは携帯端末を取り出し、春月支部に電話をかけた。
「社長……いや、支部長代理の方がいいか。場所がわかった。電話をしながら位置情報をそっちに送った。どうにかして杏奈に伝えてくれ」
声を殺しながらエレナは言う。電話口の青年――鶴田建設社長にして鮮血の夜明団春月支部長代理の悠平がエレナの身を案じるが。
「心配いらねえ。可能性は無限大、これからは新秩序の時代だ」
と言ってエレナは電話を切り。
向かってくるマティルデと相対した。
林を抜けてエレナに迫る、クロル家の女傑。狂気の笑みを浮かべ、レイピアを片手につかつかと歩いてくる。
「見つけた……あんたですよねえ、ミランに接触して変な気を起させたのは。おかげでこうやって始末しないといけなくなったじゃないですかあ」
マティルデは言った。
「やっぱりいると思ったぜ、残党がよお。会員数も漏らさねえでこうなるまで本拠も隠していた。お前らの秘匿能力には頭が上がらねえ。とはいえ、お前らの天下は終わる。これからが新秩序ってやつだ」
そうやってエレナは挑発する。
「新秩序なんてできやしないですよ。ボスを殺せると思ってんですかあ?」
「やれる算段があるから言っている。やつは必ずやつの娘に殺される」
と言って、エレナが先に動く。
銀の義手のブレードを出し、マティルデに斬りかかる。すると、マティルデはエレナの速度に反応し、難なく避ける。からの、エレナの首を狙った攻撃。これはエレナがレイピアを弾く。
「ふん、半吸血鬼の穢れた血のくせに」
マティルデははじかれた衝撃を利用して空中に跳びあがり、光の塊を放つ。これはイデアではない。吸血鬼ハンターが扱うとされている能力――
「半吸血鬼と吸血鬼は違うし、どっちも穢れた血なんかじゃねえ」
と、エレナ。
光の塊に対抗するかのように、エレナは光を義手に纏い。光の塊を切り裂いた。そうすれば次の動きに。その勢いで着地しようとするマティルデに斬りかかる。
そんな中、マティルデはイデアを展開した。
マティルデのイデアのビジョンは鎖。彼女の背後に展開された鎖は、エレナの右腕に絡みつき。
「なんだ!?」
動揺した瞬間を狙い、マティルデはエレナを蹴り飛ばし。さらに追撃する。
エレナは脇腹に傷を受けながらもマティルデに接近。義手からワイヤーを射出して拘束か斬首を狙う。するとマティルデは攻撃をかわし。レイピアでエレナを攻撃。エレナは剣でレイピアを弾き。
「キルスティみたいな速さだな!」
と言う。
対するマティルデははじかれてもなお攻撃を続け。
がきん、とエレナとマティルデの剣がぶつかり合う。
より力をかけやすく、素の膂力も高いエレナがマティルデを振り払う。
だが、マティルデはすぐさま立ち上がり、一瞬にしてエレナとの距離を詰める。
戦っていたのは崖にほど近い場所――
「無駄ですよお!あなたは、こうです。まさかこの高さから落ちて生きているはずもありません」
と言って、マティルデはエレナを蹴り飛ばし、崖から突き落とす。
エレナは再び義手からワイヤーを射出。だが、届かない。そのままエレナは崖の下へと落ちていった。




