3 満月の夜の
露天風呂を出た後、オリヴィアは晃真と合流して客室から月を見ていた。
今日は満月。
1年でもっとも月が綺麗な日。旅館の二人部屋からも美しい月はしっかりと見えている。まさに絶好の月見日和。
オリヴィアと晃真も月見をする気になっていた。
晃真の手元には酒が、オリヴィアの手元にはフルーツ牛乳がある。
「俺が詩人か歌人だったらこの状況をどう読んだんだろう」
晃真はふと呟いた。
「芸術とか風流とかわからないからなんとも。でも、そういう詩とかはあるのかもね」
オリヴィアは答え、フルーツ牛乳を口に含む。
「そういえば、晃真はどうやって訓練をしていたの?」
さらにオリヴィアは尋ねた。
「今日は杏奈さんと手合わせだったな。時空系の能力は本当に厄介だったよ」
と、晃真は答えた。
聞くところ彼も苦労していた様子。杏奈は長い事前線に立っていなかったが、それを感じさせないほど実力は高い。加えて彼女は怒りでより強くなるとのこと。
「オリヴィアは?」
晃真はオリヴィアにそう尋ねた。
「わたしは……陽葵さんと基礎能力を鍛えたかな。せっかくイデア界に到達したのにもったいないから一旦基礎をやれって。わたし、強くなってるかな?」
と、オリヴィア。
「今は分からなくてもきっと強くなってる。俺も、あんたも。守るなんて大層なことは言えないが、それでも俺はあんたと同じ方向を向いて生きるよ」
晃真はそう言って酒を口に含んだ。その酒を飲み込み、晃真はさらに言う。
「それにしても、月見酒なんて風流だな。まさか決戦の前にこんなことをするとは思わなかった」
「うん」
「月が綺麗だな」
と、晃真。
その言葉の意味をついさっき知らされたオリヴィアは少しだけ頬を赤らめて言う。
「好きならもっとはっきり言って?」
少しだけ紅潮した頬。ほんの少し逸らした目線。いつもとは違う、浴衣姿。
晃真にとってそれらすべてが、オリヴィアのすべてが愛おしく。
「大好きだ、オリヴィア……これまでも、これからも。あんたと一緒ならどれだけ不幸になってもいい……」
そう言って晃真はオリヴィアを抱きしめる。
「わたしも、死んでもいい」
オリヴィアも返す。
彼女の返答を聞き、晃真はオリヴィアを抱きしめる。火照った身体から体温と鼓動が伝わった。ここは2人だけの世界。邪魔をする者はいないだろう。
だが、唇を合わせようとした時だ。2人の部屋のふすまが開いた。
「ここじゃない!」
「桃瑠くんー!? あっ……」
開けたのは桃瑠。続いてヒルダが彼を止める。どうやらヒルダが遊びたい盛りの桃瑠につきあっていたらしい。
「こーまとオリヴィア、ラブラブやん! と……むぐっ!」
桃瑠は2人の様子を見て冷やかすように言うが、ヒルダは桃瑠の口を手で塞ぐ。
「ごめん……でも、そろそろご飯できるって。都合悪かったら言っとくよ?」
ヒルダは気を遣うような口調で言う。
「ありがとうね、ヒルダ。準備してから行くよ」
「うん! ねえ、オリヴィア。全部終わったらみんなで何かしたいな」
と、ヒルダは言った。
オリヴィアは少しきょとんとした顔をしたが。
「そうだね。トイフェルを斃したら、みんなで」
オリヴィアたちが時雨屋旅館で強化合宿をしていた頃、エレナとイリスはついに目的の建物にたどり着いた。件の建物はレムリア大陸中央部――スラニア山脈の東側の盆地にあった。ちょうどディレインの町と尾根を挟んで反対側にある。
地図にも建物があることを記載されておらず、14年間ずっと秘匿されていた。その理由は建物近くを囲う木の柵にあった。
「なるほどね。あの旅館と同じ仕組みってわけかい」
と言ったのはエレナ。
彼女もイリスも時雨屋旅館がなぜ存在を知られないのかわかっていた。だからこそ同じ仕組みで秘匿された建物を見て危機感を覚えた。
出入りできる、仕組みを知っている者がいれば時雨屋旅館に侵入することだってできる。
「逃げな、イリス。伝えるのはお前の役目だぜ」
エレナはイリスに耳打ちする。だが。
「それって君を見捨てることだよね? 嫌だよ」
と、イリスは答えた。
「はいはい、頑固者。私はお前より強いし、戦いにも慣れている。だから素直に私に任せな」
エレナが言うとイリスら少しだけ黙り込む。エレナの言ったことが正論だったからだ。
「死んだら許さないから」
と、イリスは言ってその場を離れる。
エレナは木の柵の周りを歩いて回る。大きさとしては民家4つ分くらい。ただし、それは見えている地上部分の話。地下があるとなればまた話は変わる。
エレナは携帯端末から位置情報を送信。さらに調査を続けていた。
イリスはといえば、ここで得た情報を持ってバイクに乗り、離脱しようとした。だが。
「――逃がしませんよお」
という声とともにバイクが攻撃され。バイクは止まれず、カーブを曲がれず、林の中に突っ込んだ。イリスはといえば投げ出される。
痛む体を起こし、立ち上がるイリスだが彼の前にはある人物がいた。
銀髪の女、マティルデ・クロル。クロル家の残党にして半吸血鬼猟兵の元隊長。
レイピアを片手に彼女は狂気の笑みを浮かべ、イリスの前に立ちはだかった。
「ついにアジトを見つけた、とでもお思いのようですがそんなことはありません。私、会員番号5番のマティルデ・クロルが、責任を持ってぶち殺しましょう。不愉快ですからねえ」




