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2 望月の下で

 弄月(ろうげつ)作戦2日目。

 今回のオリヴィアの相手は陽葵だった。

 彼女を前にして、オリヴィアは平静を保つことができず、眉間にうっすらとしわを寄せていた。陽葵は意図的ではなかったとはいえ、晃真を殺害しかけた人物なのだ。


 基礎能力の向上のためにまずは走り込み、素振りから入って、さらに反射神経の訓練。陽葵との訓練は杏奈との訓練よりも地味で泥臭いものだった。


「ついてこれてる?」


 筋力トレーニングの中で陽葵はオリヴィアに言った。

 今、オリヴィアは全身に自身の体重と同程度の重量のおもりをつけている。その状態で歩く訓練をしているのだが。


「ついていく……しんどいけど!」


 オリヴィアはそっけない口調でそう言った。

 陽葵はどこか気まずいながらもオリヴィアの意思を尊重し、訓練を続ける。


 弄月作戦では、1日の訓練時間は最長でも5時間と決めている。4人の身体を壊さないためだ。1日の訓練が終わればその後はクールダウンをして温泉を堪能、月を見ながら仲間と語り合う。


 オリヴィアも5時間ほどの訓練を終えて陽葵とともに露天風呂へ。

 その途中の廊下で陽葵は言う。


「……やっぱり、私のことを恨んでる?」


 陽葵は気にしていないように見えて暁城塞でのできごとを引きずっていた。

 当然だ。あの日、オリヴィアは陽葵に憎悪のこもった目線を向けた。それから2人が顔を合わせて互いの想いをぶつけ合うこともなかった。


「恨んでいないかといえば嘘だけど……」


 オリヴィアは煮え切らない口調で言った。


「そうだよね……結局ね、私はあのあと鮮血の夜明団から距離を置いた。けどね、杏奈とエレナとは友人だし、オリヴィアと目的を同じくしていたことは確か。別に許してくれとは言わないから。この作戦が終わったら……」


「許すよ」


 陽葵の弁解が終わる前にオリヴィアは言った。


「へ?」


 あまりの突然のできごとに、陽葵は素っ頓狂な声をあげた。すると、オリヴィアは再び言う。


「だから、許すよ。旅を続けて、どうしようもないことでどうしようもない運命になる人を見て来たから。もしわたしがあなたを許さなかったら、これからもっと大変なことになるかもしれないの。だから、許さないでって言っても許すよ。晃真も生きているし」


 オリヴィアは言った。

 彼女が許す選択をしたことが、陽葵にとっては意外に映った。当初、オリヴィアは陽葵に対して行き所のない恨みを抱えていたというのに。


「オリヴィアがその選択をするのなら」


「うん。でも、晃真のことで思うことはあったから、ちょっと蹴ってもいい?」


 陽葵が微笑むと、オリヴィアは言う。そうして陽葵は焦る素振りを見せるのだが、晃真を斬ってしまったという弱みから「いいよ」とオリヴィアが蹴ることを許す。

 オリヴィアは少し離れたところから助走をつけ、跳びあがって陽葵に蹴りを入れる。ドロップキックだった。


「んぐっ!?」


 顔面に勢いよく蹴りが炸裂し、陽葵は後ろにのけぞって倒れる。どうにか受け身は取れたが、顔面を蹴られたことで陽葵は鼻血を出していた。オリヴィアはその様子を見てあたふたするが、陽葵は制止する。

 と、ここに現れる白衣を着たハンサムな女性、ジェイド。


「凄い物音がしたと思ったら、何やってるのやら」


 呆れたようにジェイドは言った。すると、陽葵は言う。


「ええと、和解? 拳で和解するというか」


 おおよそ和解とは思えない絵面の中、陽葵は間違ったことを言ってはいなかった。ただ、あまりにもジェイドが現れたタイミングが悪かったのだ。だが、ジェイドはそれ以上の詮索をせず。


「そうかい。じゃ、続きがあるなら続けな。ないなら医務室においで」


 それだけを言ったジェイド。


「じゃあ行くよ。ちょうど終わったから」


 オリヴィアは言った。

 そうしてオリヴィアと陽葵はジェイドとともに旅館の医務室へと向かい、治療を受ける。

 ジェイドは研究者であると同時に医者であり、錬金術師。鼻血程度ならば簡単に治療する。そもそも、彼女は激しい訓練で死者が出ないように招集されたに等しいのだ。


 オリヴィアと陽葵はジェイドの治療を受け、ほぼ無傷の状態に戻る。ただし、筋肉にかかった負荷は治療されず、受け入れなくてはならない。

 それを解決するのが時雨屋旅館の温泉。なんでも、イデア能力の欠乏や筋肉痛に効果があるのだ。


 オリヴィアと陽葵とジェイドは大浴場に入る。オリヴィアはこの手の場所に慣れておらず、戸惑っていたが鉢合わせた杏奈が細かなことを教えた。

 それから露天風呂でエミーリアやヒルダも合流して全員が揃うこととなる。

 露天風呂からは夜空に浮かぶ満月が見えた。外部から隔絶された時雨屋旅館だが、月だけは外で見るものと同じだった。


 温泉につかりながら、月を眺めながら、杏奈はふとこう言った。


「ある時代から、春月では I love you を月が綺麗だなと言うんだ」


「へえ、そりゃ雅な言い回しじゃないか。で、その返しは?」


 と言ったのはエミーリア。


「死んでもいい、がメジャーだよ」


 杏奈ではなく陽葵が言う。

 エミーリアの隣でオリヴィアは目を丸くしていた。

 それもそのはず、晃真とアニムスの町で再会した時よりも前。春月に最初に来たとき、晃真はオリヴィアに「月がきれいだ」と言ったのだ。しかも、晃真は春月の出身。


「え……晃真、あのときからわたしのことを……?」


 オリヴィアは戸惑いながら言う。


「私は気づいていたがねえ。シンラクロスで一緒に戦っているときからもうオリヴィアに惚れていたみたいだ。なんども相談されたよ。オリヴィアのことが好きで、自分が気持ち悪くないかってねえ」


 と、エミーリア。


「気持ち悪くないよ……だってわたし、何回も晃真が家族だったらって思ったよ。それに、もうわたしは晃真から離れられそうにない」


 オリヴィアはそう言って頬を赤らめる。


「わかるぞ。私と彰もそうだった。彰もな、月がきれいだと何度も言っていた。私の前でばかりな」


 杏奈もそう言う。


 晃真も彰も、春月の男は皆そうなのだろう。

 オリヴィアたちは月を見て会話を楽しみ、夜を過ごしていた。

 ここでしか語り合えないことを語り合った。

 オリヴィアと気まずい関係だった杏奈や陽葵もそれが嘘のようだった。


 だが、和解したこととは無関係にオリヴィアはパスカルのことが頭から離れなかった。彼女が生きていれば今ここでともに月を見られたのだろう。


「パスカル……」


 オリヴィアは小声で呟いた。



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