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8 夕暮れの終わり、夜の始まり

 見失った敵を探さなくてはならない。

 せっかくカレルに追い付いたというのにオリヴィアは再び見失ってしまった。これも晃真が洗脳されてしまったからだ。

 オリヴィアは眉間にしわを寄せた。


 車内は相変わらず騒がしい。だが、近くには気を失った乗客と晃真が転がっている。彼らは当分襲ってこないだろうと判断し、オリヴィアはこの列車全体を覆うようにイデアを展開した。そうすれば、全体の様子がそれとなくわかる。


 ――エミーリアたちは……


 まずオリヴィアは別行動中のエミーリアを見た。

 様子がおかしいのは明白だった。彼女は銀の義手を着けた金髪の女――エレナと戦っているようだ。さらなる情報は声を聞けば得られる。オリヴィアは聴覚を戦っている2人に向けた。


『――くっそ、お前は何を口にした! ウェルカムパーティーのドリンクか!?』


『どうでもいいね。そんなことより、消えてくれるかい? 邪魔なのさ』


 2人の声が聞こえる。

 様子がおかしいのはエミーリアの方。彼女もまた洗脳されたようだ。その場所の状況が分かれば今度はアナベルの方に意識を向けた。


 キルスティとアナベルは相変わらず戦っている。キルスティの方がアナベルの能力を理解したらしく、糸をハサミで切り裂いては攻撃を受け流している。

 さすがのアナベルも少し苛立ちを見せていた。


『殺していいなら楽なんだけどねぇ』


 糸を切り裂かれ、ハサミが首筋に届きそうになるとタクティカルペンで防ぐ。アナベルはその繰り返しから抜け出せないでいるらしい。

 キルスティも室内戦に強いというだけはある。圧倒的な強さを誇るアナベルを相手にうまく立ち回っている。


『……やれやれ。レジスト用のクッキーを持っていてよかった。オリヴィアもそれで無事だしね』


 アナベルは呟いた。そして、彼女の言葉をオリヴィアは聞き逃さなかった。


『無理にでも食べさせてよかった』


 その声の直後。オリヴィアは影を通じてアナベルがキルスティの左足を縛るところを見たのだった。


「なるほど。わたしが何ともないのはおそらくそのおかげ。アナベルが口にねじ込んできたやつ……」


 オリヴィアは大切なことを理解した。

 これで洗脳に怯える必要はない。不要な恐怖が消え、オリヴィアは、今度はカレルを探すことにした。オリヴィア自身を中心にして、同じ車両、それに隣接する車両、と範囲を拡げてゆく。


 ――見つけた!


 影を通じて見える、杖を持ったスーツ姿の若い男。彼は窓の外と時計を何度もちらちらと見ていた。


『あとどれくらいだ? 暗くなれば兄さんが暴れられる』


 外の空は夕焼けで赤く染まっている。日没まではそう長くない。日没までに片付けられなければ――

 オリヴィアの体は動き出していた。


 ――日没まで待つのなら、『兄さん』って言われてた人は吸血鬼か私みたいな能力者か。できれば日没までにかたをつけたい。


 オリヴィアはカレルを追った。カレルはこの者の2つ先にいる。まずは彼に追い付き、そこから――


「そういえば、乗客は皆……」


 オリヴィアがそう呟いたとき。

 彼女の行く手を阻むように乗客たちが立ち塞がった。「行かせない」「つまみ出せ」といった声が聞こえる中、オリヴィアは先ほどと同じやり方で乗客を気絶させようとした。


 ――時間がない。早くあいつを無力化しないと。車内にかけられたイデアを解除しないと。


 乗客を押しのけ、ときには気絶させながら車内を駆け抜ける。

 車内はパニックになっていた。洗脳された乗客はオリヴィアだけでなく洗脳されていない乗客にも襲い掛かっていた。


「鬱陶しいよ……本当に」


 オリヴィアはそう呟いて襲われている乗客の方にも影を伸ばす。自分とは直接関係がなくても、この車内で一般人を死なせてはいけない。死んでいいのは――


「死んでいいのは、襲撃しに来た人だけなのに」


 オリヴィアは小声で吐き捨てる。今回の相手は乗客まで巻き込む、たちの悪い相手。悪質さでいえばタスファイよりも上だ。


 そして、食堂車を抜けた先。景色のよく見えるデッキにそいつはいた。壁によりかかってボトルを持ち、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。


「この車内にいる限り、わたしは絶対に見つけ出せるんだから」


 オリヴィアはその男――カレルを見るなり言った。


「そんなこと言って。で、なんで洗脳されないのかな?」


 カレルは先ほどまでの笑顔から一変。冷たい目線をオリヴィアに投げかけた。


「知らない。そんなの、こっちが知りたいよ。乗客を見ても洗脳されてなさげな人がちょっとだけいた。絶対じゃないんでしょ?」


 オリヴィアはデッキ全体に影が広がるようにイデアを展開した。影からは刃のようなものがちらつき、すぐにでもカレルを殺せる状態だった。


「それとさ……やっぱりカナリス・ルートの情報を持ってるんでしょ? 消すって言葉から判断できたから。言わなかったらあなたの命なら助けてあげる」


 と、オリヴィア。

 カレルの首筋には影が迫り、いつでも首を落とせるような状態だった。


「殺せ。俺が死んだところでまだ俺達の手のヤツはいるんだよ。ほら、殺せよオリヴィア・ストラウス」


 カレルは言った。するとオリヴィアは影を伸ばしてカレルの両目を潰した。カレルの両目があったところからはだらりと血が流れ出る。


「でも雇った人間はいるんでしょ。カナリス・ルートの。そいつの名前を言って」


 焦りでオリヴィアの口調は激しくなる。それもそのはず、外はどんどん暗くなる。もうすぐ日没だろうか。そうなれば――


「ロムだ。俺はそいつに――」


 思わずオリヴィアはカレルの首を刎ねた。


 彼女の体は震えていた。まさかここで恩人の名前を聞くことにはならなかったから。


「そんなことがあり得るはずがないでしょ……いい加減にして」


 震える声でオリヴィアは呟いた。

 いずれ現れる敵のことすらも考えられなかった。




 ここは最初にオリヴィアがカレルと戦ったところ。

 そこにはカレルの忘れていった大きめのスーツケースだけが置かれていた。



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