11 陰謀の一族
地下通路を走り抜けるオリヴィア。あの紫の空間にいたとき、彼女は「ランスと合流しろ」と言われていた。そのランスはどこにいるのだろう。
「わたし、どれくらい走った?」
オリヴィアはそう呟いた。そのときだ。
上から響く轟音。崩落する地下通路。明らかに上から何か落ちてきたような音。瓦礫はオリヴィアに命中こそしなかったが、その行く手を阻んだ。
飛行艇。
オリヴィアはある可能性を考えた。
ディサイドにやってきた時、上空にあった飛行艇が墜落、その衝撃で地下通路の天井が崩落した。
もともと手入れもなされずに脆くなっていた地下通路だ。なにかの衝撃で簡単に崩れるだろう。
また天井から瓦礫が落ちてきた。オリヴィアはその瓦礫をよけて辺りの様子を確認する。
今度は崩落で地上や空が見えるようになった。
オリヴィアは先に進んだほうが良いと、壁を破壊してまた走り出す。
しばらく走った頃。行く手に人影があった。
わずかな光でよく見えないが、その特徴はランスのもの。オリヴィアはランスに駆け寄った。
「ランス! やっぱり来てくれてたんだね」
「オリヴィア! よかった、合流できて。地上にはイデア使いの兵士がいて……いや、おかしい。微弱な気配しか無くなっている」
と、ランスは言った。
彼の言葉を受けてオリヴィアも今の状況に気づく。イデア使いの気配が町全体にあったようなものなのに、その気配は今は薄れている。
「何が起きているの……」
「さあな。だが、確認できた限り元カナリス・ルートの関係者がここに介入してから流れが変わったみたいだ。この荊、リンジーだろ?」
ランスはそう言って上を指さした。
天井が崩落してできた穴から見えるのは緑と紫の荊。紫の荊はイデアを抑え込める。間違いなくリンジーだった。
「多分そう」
オリヴィアは答えた。
「それなら絶望的な状況でもないな。とはいっても、地下通路が崩落するような衝撃って何なんだ?」
「飛行艇かも。さっき、凄い音がしたでしょ? わたしがディサイドに来たときには飛行艇が飛んでいたし」
「あれか……地下通路から来てよかったよ……万一爆撃でもされていれば」
と言ってランスはふう、と息を吐いた。
しばらく歩く2人。できるだけ崩落の危険がなく、情報が漏れにくい場所へ。ランスは周囲に誰もいないことを確認してオリヴィアの方へ向き直る。
「前に俺がオリヴィアの兄だと言ったろ? あれは本当だが、俺はアンジェラの息子ではない。父親が同じなだけだ。それと、俺もトイフェル・カナリスを殺そうと思っている」
ランスは改めて語る。
ディサイドの地、マルクト区では十分に伝えきれなかったこと。ついにランスはオリヴィアに伝えた。
「ただし、殺そうとしているのはトイフェルも同じ。トイフェルは、仲間殺しに加担した俺たちを狙っているし、あの飛行艇と兵士たちもトイフェルの手の者だ。ストラウス家もそうだ。オリヴィアを消すという目的が一致しているからな」
「そうだったんだね。確か、ストラウス家の最高傑作がわたしたちのところに来て。わたしを殺そうとした。やっぱりかかわっているんだね」
と、オリヴィアは言う。
「もう、いいや。トイフェルもストラウス家もわたしの家族じゃない。わたしの家族はランス……お兄ちゃんと晃真だよ。殺しに来る人なんて家族じゃない」
「オリヴィア……お兄ちゃんと言ってくれて嬉しいよ。それじゃあ、ストラウス邸に行こう。カナリス・ルートとの連携を決めてオリヴィアを殺す指示を直接出したのはラインハルト・ストラウス。ストラウス家の現当主だ」
ランスは言った。
2人はまた地下通路からストラウス邸へと向かう。
ストラウス邸。ディサイドの町の外れにある、瀟洒な洋館。ディサイドの町が崩壊した後には急ピッチで再建され、現在の姿となったこの建物。町が崩壊し、荒廃した後にも吸血鬼殺しの拠点となっている。
ストラウス邸のある一室に、彼はいた。イザークやカテリーナ、オリヴィアに似た雰囲気を醸し出す老人。彼がラインハルト・ストラウス、イザークやカテリーナやアンジェラの父親でオリヴィアの祖父である。
ラインハルトは鳴らない電話と携帯端末を前にして言った。
「イザークからの連絡が途絶えた。カテリーナはともかく、飛行艇にいた子供たちの連絡も途絶えた、だと……?」
ラインハルトの声は震えていた。
これまで、吸血鬼となり果てたアンジェラ以外は吸血鬼だけでなく吸血鬼側の人間も消してきた優秀な吸血鬼ハンターだった。だが、今回ばかりは違うようだった。
「ヘルフリートもエリーゼもフリーダもモニカも! 何があった……!」
「当主様の想定外のことが起きているのは確かです。とはいえ、我々の想定内の範囲ではありますが。先ほどここにネズミどもが来たでしょう? 監獄に閉じ込めて頂きました」
ヴァレリアンは答えた。
「計画を練り直しましょう。オリヴィアはまだ生きている。今使える駒を最大限使ってあの女を抹殺すべきです。当主様、僕を使ってください」
「……ああ。そうするしかない。オリヴィアは恐らく私を殺しに来る。ならば、迎え撃つのは君だ」
と、ラインハルト。
「その言葉を待っていました。僕が、オリヴィアを始末しましょう。これでアンジェラ・ストラウスの痕跡は消えるでしょう……」
涼しい表情のヴァレリアン。だが、その腹の底には何かどす黒いものを抱えているようだった。




