34 破滅願望
オリヴィアとリンジーは抗い難い力に引き寄せられる。と同時に、抗い難い力からロムの気配を感じ取った。この先にロムがいる。
引きずられる間、オリヴィアとリンジーに限っては壁や天井など関係なかった。そして。
「オリヴィアにリンジー……揃って何をしにきたのやら」
ロムはオリヴィアとリンジーの姿を目にするなりそう言った。
一方、リンジーはすぐさま荊を辺りに張り巡らせ。荊は付近のイデアを一部だが書き換えた。荊が張り巡らされたところは結界が張られたかのようになったのだ。
「どの面下げてここに来たの」
ロムは尋ねた。すると。
「あなたを殺しに来た」
「右に同じね」
オリヴィアとリンジーは答えた。
「リンジーってば懲りないのね。それで、オリヴィアも死神に嫌われているのかしら」
と、ロム。
「わたしに生きて欲しいって言う人がいるから。あなたより多くの人がそう言うはず」
オリヴィアはそう言うと影を展開。戦いの火蓋が切って落とされる。
手始めに影の刃がロムの首を狙う。が、ロムはその軌道を曲げ。さらに下からの攻撃は跳びはねることで躱す。そうしたかと思えば、ロムは空中に着地した。
「私より下は定義されない。あんた達は消えるの」
と、ロム。
次の瞬間、ロムのいる高さから濃密な光線が降り注いだ。この攻撃にリンジーは死を覚悟したが、影がリンジーの上にも展開された。光は2人には届かない。
「助かった……!」
リンジーは薄目を開けて声を漏らす。
今、オリヴィアが展開しているのは影のバリア。球形に広がり、2人を守るようにして展開されている。
「荊の結界。今はどうなってる?」
オリヴィアは尋ねた。
「何とか持ちこたえてる。っていうか、あたしの荊ってイデアを無効化できるから上に行く階段の一つを抑えれた。多分引きずり込まれる人は減ると思う」
リンジーは答えた。
「了解。じゃあ、ロムの範囲攻撃を荊で妨害して。わたしがロムを殺る」
「どうやって?」
オリヴィアに言われればリンジーは聞き返す。
「荊をできる限りの範囲に展開するの。それだけでロムの能力を抑え込めるみたいだから。今押さえてくれてるみたいに」
と、オリヴィアは答えた。
「よく見てるじゃん。わかったよ。死んだら承知しないからね?」
「うん。それじゃ、手を繋いで」
オリヴィアはリンジーに手を差し出した。
リンジーはその意図がわからなかったが、それでもオリヴィアが信頼してくれていることはわかった。
オリヴィアは影の展開をやめた。光が降り注ぐのは変わらないが、2人は同時にイデアを展開。2人に降り注ぐ光の雨をかきけした。と、同時にオリヴィアが跳び上がる。影で光を弾きながら。
ロムが定義している高さまで。
「……そうね。あんたも到達していたわね」
その様子を見てロムは言う。
オリヴィアを認めているようにも見えたが、ロムは次の攻撃に入る。今度は重力の方向が変わり――
ロムは新たな斜めの足場から跳び上がったかと思えばオリヴィアへと肉迫。そのままオリヴィアの腹へ右の拳を叩き込んだ。
「うっ……!」
オリヴィアは声にならない声を漏らした。が、痛みを堪えながらも影をロムに向けて放つ。
「でもここでは影を定義しない」
ロムが言うと彼女の目の前で影が消失する。そうしたかと思えば、また重力の方向が変わる。ロムは落ちてくるオリヴィアを蹴り飛ばし、本来は床であるところに激突。
何が起きているのか、オリヴィアは理解できなかった。それもそのはず、ロムの能力は難解で、ロム自身の発想力でほとんどの人間の考えることの斜め上を行く。
「本当によくも裏切ってくれたじゃない。世界に嫌われているはずのダンピールのあんたが! どうして私の知らないところで幸せになろうとするの!」
と、ロム。
彼女の中にある本質的なものは世界への怨み。いくら彼女が元々九頭竜の家系に生まれても、吸血鬼の母親を持った時点で普通の、あるいは幸せな人生は終わっていた――
だから不幸な境遇の者に共感した。
不幸な境遇の者とともに世界を壊すことを目標としていた。
そのためにカナリス・ルートも利用した。
オリヴィアだって不幸だとロムは判定していた。
「私と一緒に幸せな人間を破滅させる気がないなら死んで……お願いだから!」
ロムは続けた。
彼女の言葉には半ば本心が漏れ出ていた。
だが、現実は残酷だ。
「わたし、ロムがいなければ不幸だって感じることもなかったのに。親はあれだけど」
これがオリヴィアの返答だった。
案の定ロムは激昂し、展開したイデアの出力を上げた。
これまでリンジーが抑え込めていた『収束』。ロムが出力を上げたことで少しずつ荊の結界が綻び始め。
「あ……」
リンジーが声を漏らした瞬間。
展開された荊の結界が崩壊する。
ロムの『収束』はリンジーの荊の結界のさらに上を行った。




