33 収束
通路の先には荊を模した檻のある部屋があった。
オリヴィアはここで立ち止まる。
「リンジー……」
オリヴィアは呟いた。
荊を模した鉄格子の奥にはリンジーがいる。さらに両手につけられたのは荊を模した手錠。リンジーはここに捕まっていたということだ。
「どういうことなの。あなたは、ロムの下に……」
オリヴィアは尋ねた。
「そんな事はないんだ……表向きは従ったように見せても、あたしはずっとオリヴィアの味方でいたかった。あたしは、ロムの寝首を掻きたかっただけなんだ」
リンジーは答える。
「信じて、なんて薄っぺらい言葉を信じてくれるとは思わないけどさ。あたしは本心からロムを味方だと思ってないわけだ。あたしが味方しようと思っているのは昔からオリヴィアだけだよ」
牢の中でリンジーは言った。
「わたしも誤解してたってことだよね」
と、オリヴィアも言う。
「ごめんなさい、リンジー。疑ってしまって」
「気にしないで。あたしとあんたは姉妹でしょ?」
今すぐにリンジーを解放したい。オリヴィアはそう思ったのだが、鍵はない。だからオリヴィアはイデアを展開。影で鉄格子を包み込み、破壊する。
「へ……一瞬じゃん」
リンジーは驚きつつ言った。
「やっと使い方が分かったの。これならクラウディオも斃せたし、ロムもいけるかも」
「本当に凄いね。やっぱりオリヴィアはできる子なんだよ。少し……かなり危なっかしいけど」
リンジーは褒めつつも軽口を叩く。
「危なっかしいオリヴィアは俺が守るよ。これからはずっと」
と、晃真。
「あー、あんたなら信頼できそうだ。
あたしを出してくれてすぐだけど。ロムを斃しに行こうや。上で、何か良くないことが起きてそうだし」
リンジーは天井を見る。
「早くしよう。良くないことが起きているなら早目に片付けた方がいいよ」
と、オリヴィアは言った。
「んー、そーだね。グラシエラのこととか気になることはいくらでもあるけど。ロムを斃すチャンスがあるなら無駄にしたくないよね」
リンジーも言った。
3人はこの部屋を出ようと辺りを調べてみる。ここにはいくつか出口があったが、それらは塞がれている。少し前に基地の内部がつくりかえられたからだ。入って来た場所だけは通れるが、オリヴィアは分かれ道があったかどうかを見ていない。
「造り、変わってるよね?」
オリヴィアは尋ねた。
「変わってるね。誰がやったか知らないけどさ、何かあったのは確か。でも、そのときにはもうここに閉じ込められていたんだ」
「そっか。ここは隠し部屋みたいだしロムの気配も読めない。ちょっと見てみる」
オリヴィアはそう言うと影のイデアを展開し、床を伝って基地の様子を探った。だが、1つ上の階層を見ようとしたときだ。オリヴィアは影を経由して異変を感じ取る。
引き寄せられる。そんな感覚があった。
そして、オリヴィア本人。
彼女もまた引き寄せられるようにふらりと歩き出す。
「オリヴィア!」
と言って、リンジーは荊のイデアを展開。どうにかオリヴィアの手に荊を絡ませるも、リンジーもまた引き寄せられる。
抗うことは困難だ。
晃真も2人を追うことにした。
「演算完了。定義域、アルコナ基地の最下層より上。極限に従って収束する。
クラウディオ……私だって降ろすときは降ろすわ」
ロムは呟いた。
すると、辺りに座標軸が展開され、さらにある点がブラックホールのように重力を持ち始めた。ロムが定義した点は周りのものを引きずり込み始める――ロムを除いて。
まずこの部屋のものが引きずり込まれ、さらに近くの部屋のもの。人。
「ロム様!? 助けて下さい! どうして!」
「あなたは用済みなの。ここであったことを話されても困るから、消えてくれる?」
用済みの相手に対して、ロムはあまりにも非情だった。近くにいた見回りの者も、工場の作業員も。引きずり込まれては絶命する。辺りは血で汚れるが、その血もある座標に引きずり込まれるだけ。
「悲鳴……どうでもいいわね。九頭竜になれたはずの私には響かない」
ロムは唯一引きずり込まれていない椅子に腰掛けて脚を組んだ。その姿は玉座に座る女王のよう。彼女は引きずり込まれる者たちの悲鳴も聞き流していた。
だが。
ロムの能力に耐えながら近づいてくる者がひとり。ロムは異質な気配を感じ取った。
近いのはヨーランだ。だが、生きていないようで生きていたヨーランとは対照的に、その気配は生きているようで生きていない。しかも、ロムはその気配の主を知っている。
「どうしてしまったの、クラウディオ。まるで死んだようじゃない」
ロムは乾いた笑みを浮かべて言った。
「ロム……俺ガ聞いテえよ……」
クラウディオの声はどこかおかしい。クラウディオなのにクラウディオではない。
ロムは声と気配の方向を見た。
確かにそこにはクラウディオがいた。が、彼はクラウディオであってクラウディオではない。生気のない肌と眼、強引に傷を塞がれたような全身、開いたままで涎を垂らす口。
クラウディオは生ける屍といえる状態だった。
「本当に死んでいるということでいいかしら。死んでいるのなら、処分しないとね?」
ロムは立ち上がり、クラウディオに近寄ると首根っこを掴んで収束の核となる座標に投げ入れた。
「さようなら。こうなりたかったんでしょう?」
ロムは言う。もちろんクラウディオには聞こえていない。
彼女の意識はクラウディオに向いておらず、これから来るであろう2人の女たちに向いていた。
「フフ……チャンスを与えても自分からチャンスを投げ捨てるんだから」




