32 闇の女神
生きていることそのものに違和感があった。
俺、クラウディオ・プッチーニは記憶がある限り12歳の頃には死にてえと思っていた。その頃にはまだイデア能力などなかったが、理由もなく死にてえと思っていた。
「どうせ死ぬならろくでもない事をして死んでみない?」
「ろくでもねえ事だ?」
「ええ。世界を壊すの。こんな間違いだらけの世界、作り直すべきだと思わない?」
ロムからの勧誘を受けたのが12年前。17歳の頃だ。当時の俺はイデア能力があるから死にてえんだと思っていた。自暴自棄にもなっていたんだろう。どうせ変わらねえと思ってロムの誘いにも乗ってみた。ほんの興味本位だ。
で、ロムの誘いに乗ってから人生が変わった。ロムのやつに理解する気がなかろうが、俺は命を危険に晒すことが出来てなんとなく満足だった。
それからオリヴィア。俺が来た時には6歳くらいの……とにかく可愛い幼女だった。オリヴィアが可愛くなくなるまで、俺は戦ったり鍛えたり、仕事をする以外はオリヴィアを愛でていた。オリヴィアの反応は最悪だったが。嫌がるオリヴィアも可愛かったんだがな。
「最低! クラウディオなんて死ねばいいのに!」
とは言ってもオリヴィアは俺に冷たいことが多かった。俺が少しちょっかいを出せば、時々殺意を向けてくる。それでも、可愛いものだ。
オリヴィアはロムからは出来損ない扱いされていた。俺としちゃあ、少々間違っているようにも思えたんだよ。こいつは将来有望だ。
それから、俺は分かったんだよ。
俺は戦って死にたい。年をとったオリヴィアは可愛くねえ。が、強さの頭角を見せるオリヴィアはいずれ俺を殺しに来る。
だからだな、オリヴィアがロムに屈してあの日まで反発してなかったのが気に食わねえのが。オリヴィアはいつまでも可愛い幼女で、いずれ俺を殺すべき女のはずだった。
俺は、オリヴィアのような可愛かった頃を知る女に殺されてえ。はっきりわかったぜ。
クラウディオの視線の先。
影の塊の中からオリヴィアが現れる。その姿は先程と変わらず。青白い肌に黒い髪。ただし、瞳は興奮して赤く染まっていた。オリヴィアは吸血鬼ではないが、その姿はまさに吸血鬼。あるいは、想像上の存在とされる悪魔。
「女神……いや、あと10歳若ければな……」
クラウディオは言葉を零す。
「だから何?」
と、オリヴィア。
「まあな……」
クラウディオは笑みを崩さない。
オリヴィアはクラウディオを不気味に思い。クラウディオに詰め寄ると影を纏った蹴りを繰り出した。
剣で受け止めるクラウディオ。対するオリヴィアは剣をさらに受け流し、四方八方から影をぶつける。
クラウディオはオリヴィアのやり方を理解し、見切り。剣でまた薙ぎ払うのだが。薙ぎ払い損ねた影の中にオリヴィアは移動。そこからクラウディオの懐に入り込んだ。
「終わりだよ」
至近距離からの、影を纏った拳。非力そうでもオリヴィアはダンピール。加えて「あらゆるものを作り変える」影を纏っている。クラウディオは攻撃を受けて表情を歪めた。
「ぐっ……」
クラウディオはのけぞり、よろめいた。
ここぞとばかりにオリヴィアは畳み掛ける。影の刃を放ち、クラウディオを切り裂いた。
「クラウディオ・プッチーニへ。怨みを込めて」
と、オリヴィア。
クラウディオは全身を切り裂かれ、臓器の大半が変質して絶命した。が、オリヴィアは知らなかった。自身の能力が、怨みに呼応して想定外の作用をしたことを。
クラウディオの周りでは影が蠢いている。
オリヴィアは暫く影を見ると、何かを思い出して足を進めた。が、彼女を呼び止める者が1人。
「オリヴィア……! 俺だ!」
その声は晃真。オリヴィアはすぐに表情を取り戻した。
「晃真!」
確かに晃真はここにいる。
オリヴィアがクラウディオと戦っている間にヴァルトの能力から解放されたようだ。
「とにかく、オリヴィアも無事で良かった。で、そこに転がっているのは……?」
晃真は蠢く影の中に横たわる遺体に目をやった。
「クラウディオと戦って、さっき斃したところ。本当に不愉快な人だった……」
と、オリヴィア。
「間違いないな。昴と同じくらい気持ち悪いだろう。で、これからどうする?」
「ロムを倒しに行く。敵はクラウディオだけじゃないんだよ。ロムを倒さないと……それに、リンジーにも色々と聞きたいことがあるから」
晃真に聞かれると、オリヴィアは言った。
「わたしは先に進むよ」
オリヴィアは通路の先に目を向けた。
人はおらず、ただただ不気味。どこに繋がっているかもわからない。
「俺も行くよ。今度は離さないからな」
と、晃真も言った。
2人は人気のない通路を先へと進む
それと時を同じくして――
斃されたはずのクラウディオはむくりと起き上がる。その身体には影が纏わりつき、生気は消えている。傷は強引に塞がれたよう。特筆すべきは、その口からはだらだらと涎が出ている。
まさに生ける屍。ゾンビだった。
クラウディオはオリヴィアたちの後をつけるかのように歩き始めた。




