30 過去と今
「プロスペロ……」
モニターだらけの部屋でロムは呟いた。
小さな画面には会議室――その中で殺されたプロスペロとヴァルト、ヴァルトの能力から解放された者たちが映っていた。
「これは非常にまずいわね。確実に殺しておくべきだった女まで……」
ロムは続ける。
解放された人物たちの中にはつい最近囚えて厳重に管理していたはずの人物までいる。例えば、シーラ。ロムは一度、上司を喪ったシーラを引き受けたが彼女はロムのやり方に異を唱えた。だから囚えた。
シーラ以外にも逃がすべきでない者たちはいる。ロムが把握できていなくとも、使い手のヴァルトが捕らえるべきと判断すればそうなる。
ロムはモニターのひとつから映像電話を工場につなげる。すぐさま応答したのはクラウディオ。
「クラウディオ。非常事態よ」
クラウディオが応答するなりロムは言った。
『おう、工場もやべえよ』
「でしょうね。見ているわ。それで、この拠点に『収束』を使おうと思うの」
ロムは言った。
『マジかよ。生き残ってるやつらはどうすんだ?』
苦笑しながら言うクラウディオ。
「殺す。色々と流出してはまずいものがあるのよ。私だってこんなこと、したくはないけど……やるしかないの」
と、ロム。
『冗談だろ?』
「本気よ。死んだやつはそれまで。『収束』から生還できてこそ私の部下に相応しいの。あんたも、覚悟なさい」
ロムは言った。
彼女はその意思を曲げるつもりもないようだ。
『おう。味方からでも殺されるなら悪くねえ』
モニターに映ったクラウディオはニヒルな笑みを浮かべていた。
クラウディオ・プッチーニ。
やりたいことは、戦いで互角以上の相手に殺されること。
「俺も動くぜ。ロムが『収束』使うってんなら、もうこの工場に用はねえ」
クラウディオはそう言って工場を後にする。
会議室の奥には抜け道があった。
オリヴィアは展開した影を使ってピッキングし、その先へと侵入する。その先は、カーブした廊下が続いていた。廊下が続く先は下。まだ地下に何かあるらしい――
オリヴィアはその先にロムがいることを信じて進み続けた。
どれくらい歩いた頃か。
オリヴィアの前にグラシエラが立ちふさがった。彼女が持つのは悍ましい抜き身の剣。恐怖を放つ彼女と剣にオリヴィアは怯みかけた。が、オリヴィアは影を辺りに展開した。
「……流石に何度も同じ手は通用しない、か」
グラシエラは言った。
「どうだっていいでしょ。効かないんだから」
オリヴィアはそれだけを言って影を刃のように伸ばす。からの、影の斬撃。グラシエラは剣で斬撃をいなす。彼女は全く姿勢を崩さない。
さらにグラシエラはオリヴィアが騙し討ちに使った影の奔流を両断。
「イデア界に到達して日が浅い使い手は揃ってそう言う。だから何だ?」
薄れゆく影の奔流だったものの傍らで、グラシエラは言う。
彼女の手にした剣からは凄まじいものが放たれる。が、オリヴィアには効かない。オリヴィアはありったけの影をぶつけるだけだ。
そんなときだ。
乱入者があったのは。
「お前じゃそいつの相手は務まらねえよ。どいてな」
ある男の声とともに影を裂く赤いナイフ。オリヴィアは一瞬でもうひとりの敵の正体に気付く。
「クラウディオ……!」
オリヴィアは声を漏らす。
ロムのように複雑な関係の相手ではなく、純粋に憎いクラウディオ。オリヴィアは無意識のうちに影の展開範囲を広げ、密度も上げていた。
やがてオリヴィアはターゲットをクラウディオに切り替えて影を放った。
「おーおー、強くなったじゃねえか」
と、クラウディオ。
彼の前には6振りのナイフ。たったそれだけでオリヴィアの影を完全に止めている。
「余裕なのね、そんな事言えるって。わたし、降ろしたあなたを見たかったのに」
オリヴィアは言った。
「へへ……俺もだ。お前は俺を殺せるよな? あの小さくて可愛かったオリヴィアが」
「……気持ち悪い」
オリヴィアはばっさりと言い放つ。
からの、イデアのさらなる展開。密度はかつてないほど、オリヴィアの顔にはわずかに黒いシミができた。髪色は毛先だけピンクがかった金から黒に変わった。まさに闇だ。
闇の化身のような姿になったオリヴィアは一瞬でクラウディオとの距離を詰めた。
「望み通り殺してあげるから」
と、オリヴィア。
「やってみろ!」
クラウディオは右手に青白い剣を持ち、オリヴィアに応戦。オリヴィアが影を纏った右手とクラウディオの青白い剣がぶつかった。
間に生まれるのは凄まじいエネルギー。このぶつかり合いは空間を歪めるほどーー。2人は歪んだ空間に足を取られて吹っ飛ばされる。が、オリヴィアもクラウディオもすぐさま立ち上がる。
一方のグラシエラ。彼女はオリヴィアとクラウディオの戦いに絶句した。
自分では敵わない。あまりにも強すぎる。
「……そうか。私が戦うべきは彼女ではないのか」
グラシエラはその場を後にした。




