22 リンジーとロムⅡ
ロムは事あるごとにこう言っていた。
「全てを失った人にしか見えない景色があるの」
あたしを拒絶せず、かといって性的な目でも見ないロム。少し時間はかかったが、受け入れるようにはなっていた。かなり目をかけてくれたと思う。
ロムは元は九頭竜だった霊星グループの総帥の娘。しかし、ブルームーンカンパニーの者により父親が失脚したらしい。それからは社員や役員たちから追われ、白い目で見られ。未来を潰されたとか。
「私にもいろいろあったのよ。ブルームーンカンパニーと因縁があるのはお揃いね」
ロムは一通り過去を話したらそう言っていた。
そのときのロムは、あたしに心を開いていたように見えた。
けど、実際は違う。
ロムは人に心を開かない。人を利用することしか考えない、おそらく生まれながらの悪。
あたしがロムの本性を知ったのは12歳のとき。
ロムはあたしより少し後に来た金髪の女の子、オリヴィアに怒鳴っていた。
「殺す覚悟もない出来損ないが。どうして仕留め損なうの!?」
当時からあたしはオリヴィアと姉妹のように親しかった。そのオリヴィアを、ロムが怒鳴っていた。
あたしは多分、困惑していた。そのときは。
それでも慣れは恐ろしい。
オリヴィアが怒鳴られることに慣れてしまい、何も感じられなくなった。姉や友であることなんてできないと思った。
それでもオリヴィアはあたしを見ていてくれた。いつかブルームーンカンパニーに復讐すると約束もしてくれた。だからあたしは目をつぶった。
あたしが12歳のときだっただろうか。
あたしたちの元を訪れたのはグラシエラを名乗る銀髪の女。グラシエラ・パロミノはロムのところにもいたけれど、彼女と訪れたグラシエラは違う。
「私はグラシエラ。平行世界の同一人物について調べてるんだ」
グラシエラを名乗る女はロムにまず目的を明かした。
それ自体がまずおかしなことだったと思う。だって、グラシエラはロムの味方のはず。いつも物憂げな顔をしていたのに。この人は違う。というか、多分あたしはこの人に会ったことがある。
「非現実的な事を言うじゃないの」
ロムのこの言葉はよく覚えている。
「そうだね。でも、グラシエラ・パロミノを連れてきてほしいんだよ」
「……あんたの意図はわからないし、なぜ並行世界の同一人物を調べようと思ったの」
ロムの声は冷たい。いつもそうだった。あたしやグラシエラ、プロスペロ以外に言葉をかけるときは。
「アナベル・パロミノ。彼女から並行世界の話を聞いた。それ以降は、私の知的好奇心かな」
「調べたところでどうなるというの……出て行って。私たちは簡単に暴ける――」
グラシエラを名乗る女はその瞬間に消えた。消えたと思ったら、あたしは担ぎ上げられて。
最初は何が起きているのかわからなかった。それでも、アジトを抜けたくらいであたしはグラシエラを名乗る女が見えるようになった。だからあたしは暴れようとしたが。
「静かに。あの人が追ってこれないところに来たら事情を話すから」
と、その人は言う。
訳が分からないまま無政府地帯とかいわれている場所までついたところであたしは下ろされた。
「まず自己紹介から。私はグラシエラでなく、アンセム・チャイラット。覚えてないかもだけど、あんたの姉だ」
あたしに突き付けられたのは衝撃の事実。
確かにあたしにはアンセムという姉がいた。ただし、あたしがまだ幼い頃に学校に行くために家を出て、火災のときには連絡が取れなかった。だからあたしは死んだと思っていた。
「お姉ちゃん……?」
「そう」
アンセムはにこりと笑った。
死体のようなメイクとフードでわからなかったが、その笑顔は確かに姉のもの。あたしはこの人が姉だと確信した。
「手荒なことをしてごめんね。でも、こうするしかなかった」
姉さんは言った。
「こうするしかなかったって。どうして今のタイミングで?」
「まー、そうだね。指名手配が撤回されてから探す手がかりがつかめなくてさ。4年もかかっちゃったよ」
あはは、と笑いながら姉さんは言った。
どうやら姉さんはあたしを探してくれていたらしい。それにしてもあたしの指名手配が取り下げられていたなんて。多分ロムがやったのだろう。
「とにかく、生きていてよかった。
で、これからは北東に行こう。あそこは大陸政府に編入されても独立色が強い。そうそう捕まることもないはずだ」
姉さんは続ける。
このとき、あたしと姉さんは無政府都市キムラヌートにいた。この町は確かに安全とはいわれているが、ロムは何をしでかすかわからないとのこと。だから、余計に手を出しにくい北東に行くという。
「北東に行って、どうするの?」
あたしは姉さんに聞いてみた。
「やり直そう。北東には『天照』っていう組織がある。私も接触したことがあってね、よほどの人でなければ雇ってくれるはず。そういう私も天照の一員なんだ」
姉さんは言った。
「すごい……考えていたんだね」
「ま、あの会長の力を借りたけどね。やることが決まったならあとは早い。適当に車を入手して北東に行こう」
と、姉さん。
あたしはこのとき、安心していた。これ以上何かが起きることはない。




