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ダンピールは血の味の記憶を持つか ~悪の吸血鬼の娘は自分探しの旅に出る~  作者: 墨崎游弥
第12章 見えざる城【ロム&クラウディオ編】
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19 ロムの拠点へ

 退避したヒューゴー。ひとまずは危険な工場内での戦いは避けられたが。

 ヒューゴーはこの瞬間も外から入ってくる侵入者の気配を感じ取っていた。リンジー以外の侵入者は6人、うち5人は明確な敵意を持っているようだ。が、残りの1人に関しては敵意があるともないとも言い切れない。


「……引きこもりも辛いものがあるな」


 ヒューゴーは呟き、ポケットから袋入りのベージュ色の塊を取り出した。

 純度こそ低いが、これが『Gift』。この見た目ならばクッキーという隠語で通るのも頷けるだろう。

 ちょうど『Gift』が切れかけて脱力感に襲われている頃だった。ヒューゴーは『Gift』を袋から出して齧る。

 ヒューゴーの口の中に広がるのはケミカルでありながらも甘く、わずかな辛みと爽やかさが共存する味。彼にとって、『Gift』を口にする瞬間は三本指に入るほどの快楽に数えられるものだった。


 ――こいつを食わなきゃ生きてられねえんだよな。こいつがなかったら、俺はここまで太ることもなかっただろうか。


 クラウディオは変えようのない過去と、ありえたかもしれない今を空想する。そうしたところで何の意味もないのだが。


 と、ここでヒューゴーに敵意があいまいな気配が近づいてきた。


「……紫の髪。あんたなのか、ヒューゴー」


 ヒューゴーにとっては懐かしい声だった。

 薬漬けになる前に聞きなれていた声。かつてヒューゴーがバンドマンとして名をはせていた時に共に活動していた女がここに来ている。


 ブリトニー・ダーリング。

 緑髪のニヒルな顔の女はイデアを展開することなく、ヒューゴーの全身を舐めまわすように見ていた。


「ああ、ヒューゴーだ。あんたは……ブリトニーか。俺を殺しに来たか?」


「違う。ここからあんたを連れ戻して、この拠点を潰す」


 と、ブリトニーは答える。


 彼女の言葉を聞いて、ヒューゴーは複雑な気分になった。

 仮にブリトニーの襲撃があと5年早ければ脱出には乗り気だった。ここに連れて来られた7年前からヒューゴーは工場長として働かされている。最初の2年ほどは脱出や反発を試みたが、もはやその気力すら失せた。ここにいれば『Gift』が切れることなどないのだから。


 気力すら失せ、ロム一味の工場長をしているときに現れたブリトニーに、いい顔をしようにもできなかった。


「できると思うのか?」


 ヒューゴーは言った。


「できる、できない、って話じゃねえ。あたしもリンジーも腹くくってここに来た。それに……」


 ブリトニーはここで一度言葉を切った。


「昔のよしみで忠告する。俺のようになりたくなきゃ、ここを出ろ。出るなら見逃してやる」


「その必要はねえ。出るのはあんたも一緒だぜ」


 と言った瞬間、ブリトニーはヒューゴーの顎を殴りつけて昏倒させ、ひょいと担ぎ上げた。

 細身の女であるブリトニーだが、彼女もイデア使い。イデアによる身体能力の上昇があることで、恰幅の良いヒューゴーも簡単に担ぎ上げることができる。


 前もって話していた作戦とはずれているが、これでもいい。そもそもリンジーとブリトニーとでは、ロムの拠点でやりたいことが違っていたのだ。


 ブリトニーは拠点の廊下を走り抜ける。地下から、地上へ。

 その道中、彼女はオリヴィアの一行と鉢合わせることになるのだが――


「あんたがオリヴィアか」


 ブリトニーは一度足を止めた。

 言われた方のオリヴィアはといえば、戸惑う様子を見せる。彼女の仲間たちだってそうだ。


「あー、身構えるんじゃないぜ。あたしはこの男を拉致っただけだ。必要ないかもしれねえが、リンジーはこの地下。工場にいる」


 と、ブリトニー。


「え……」


 戸惑うオリヴィアは声を漏らす。


 オリヴィアとリンジーは3日前に喧嘩別れしたようなもの。

 捕まって、同じ場所に引きずり出されて、同士討ちじみたことをさせられて。やはりリンジーはロムの味方か、と失望もしかけた。

 だからオリヴィアはリンジーと会うことを恐れている。


 そんなオリヴィアの心情は、彼女をよく知らないブリトニーにはわからない。


「リンジーはあんたに会うことを望んでるぜ」


 と言い残して、ブリトニーは拠点の出口、地上の方へと走り去る。


 残されたオリヴィア一行。

 オリヴィアは迷っていた。リンジーに会うべきか、会わずにロムのところに直接殴り込むべきか。


「大丈夫か、オリヴィア」


 晃真がいち早くオリヴィアの様子に気づいて言った。


「どっちに行こう。リンジーのいる工場と、ロムのいるところ」


 オリヴィアは言う。

 先に和解するか、ロムを討つことを最優先とするか。


「それはあんたの決めることだ、後悔のないようにするといい」


 と、晃真。

 言われた方のリンジーは少し考える。


 リンジーに会いたいか会いたくないかといえば、今は会いたくない。が、オリヴィアの言動でリンジーを傷つけたのは事実。

 行かなければ。

 だが、工場はどこだ。

 肝心の場所が分からなければ殴り込みもへったくれもない。

 だから決めた。これは逃げではない。


「先にロムのところに行く。リンジーだって、多分来るから」


 と、オリヴィアは言った。


 この決断が吉と出るか、凶と出るか――



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