16 5人そろって
オリヴィアからの連絡は途絶えたまま迎えた突入の日。パスカルの一行はアルコナの村にやって来ていた。
アルコナの村は寂れた小さな村。テンプルズ近郊とは思えないほど寂れている。廃屋もいくつも見受けられ、寂れていく過程が容易に想像できた。
エミーリアは『私はここにいる』とこの村にいる誰かからメッセージを受け取った。当初は信じずに無視を決め込もうとした彼女だが、パスカルは信じてもいいと進言した。
だから一行はここにいる。
「罠だったらどうするんだい、全く」
村に到着したところでエミーリアはパスカルに言った。
「その時はその時。貴女も本当の能力は隠しているけれど、かなり強いでしょう?」
パスカルは言った。
「あー、もうオリヴィアほどじゃないねえ。オリヴィアがイデア界にたどり着いて抜かれちまったよ」
謙遜するエミーリア。
彼女は信頼できる仲間だが、まだ何かを隠している。エミーリアの隠し事には晃真も気付いていた。恐らくは仲間にも話せないことだ。
「確かにオリヴィアも強いが、あんたもあの程度じゃないだろう。それに、あんたもイデア界に到達できればもっと強くなると思う」
そう言ったのは晃真だ。
現状、このメンバーで一番エミーリアの過去を知るのは晃真。説得力があった。
「やめろや。人の過去は安易に詮索するもんじゃない。それより……待ち合わせ場所はそこでいいのかい?」
と、エミーリア。
「ええ、正しいはず。戦う準備はしていてね。とりあえず信用はしてみたけれど、本当に何が起きるかわからないから」
パスカルは言った。
「パスカル……その必要はないかも。オリヴィアが近づいてきているし、敵意は感じないよ」
と、ヒルダが言う。
イデア使いの気配を感じ取ることについては右に出る者がいないヒルダ。彼女の言うことなら、と他の3人は信用した。
実際、ヒルダの言う事は正しかった。現れた者をパスカルが一方的に嫌っているということ以外は。
5分ほど待っていると、メッセージの送り主が現れた。
送り主はなんとアナベル。さらに彼女はオリヴィアを連れているではないか。
パスカルはアナベルの姿を見るなり眉根を寄せた。
「何のつもり? あなたと関わるとろくなことないの、アナベル」
パスカルの口調はいつもとはかけ離れている。
「人聞きの悪いこと言うねえ。私はオリヴィアを助けてあげただけだ。地下から戻ってきたときは憔悴しきっていたというのに、今やこの通り。私は、変なことをしたわけじゃないよ」
と言ってアナベルは不敵な笑みを浮かべる。
対するパスカルは今すぐにでもアナベルを平手打ちしたいところだったが、彼女がオリヴィアを救ったことは事実。必死に怒りをこらえていた。
「アナベル……わたしもパスカルと旅をしてきたけど、普通はこうならないから。手早く終わらせよう?」
オリヴィアはアナベルに言った。
するとアナベルは何か思い出したかのように口を開く。
「そうだねえ……私はディレインからこっちに直で来たけど、少しロムの城にも遊びに行ってみたんだよ。ふふ……面白いものが見られたねえ……」
「ロムが何をしていたって言うの。癪ではあるけど、聞かせて」
と、パスカルはアナベルやオリヴィアの予想外のことを言った。
「ロムのやることは私と無関係ではないの。私は昔、ロムと友達だったし、ロムを止められなかった。もしできるなら……聞かせて……」
パスカルの声は様々な感情で震えていた。
パスカルとロムの間で、過去に何かがあったことは確実だ。だが、エミーリアと同じくパスカルも詳しくは語らない。
アナベルは一瞬だけ無表情になった後、薄ら笑いを浮かべて口を開いた。
「イデア覚醒薬『Gift』、通称・クッキー。この大陸を変えうるやばい薬を作っている元締めがロムなんだよ。面白いことにね、ロムは同志のカナリス・ルートにさえ作り方、工場の詳細を伝えていない。でも私は従業員として工場を見た!
……面白かったよ。工場長は『Gift』中毒の元バンドマン。クラウディオが経営する各地のカジノで借金を負った連中が働かされている。多分、これから面白いことが起きるはずだ」
「悪趣味ね」
パスカルはそうとだけ答えた。
「じゃあ、シンラクロスのカジノからも労働者が来てるのかな。もしそうだったら、シンラクロスはああなってよかったかも」
と、オリヴィア。
彼女の言及したシンラクロスという町はモーゼスとアナベルとミリアムの引き起こした戦いで荒廃した。いくつかのカジノも撤退したという。
「それは自分の目で確かめるといいよ。気が向けば私も介入するけどね♡」
アナベルは穏やかな口調で言った。
「話を戻すぞ。場所はどこだ?」
今度は晃真が言う。
「ついて来て。『Gift』工場も、ロムの居城も地下にあるから」
オリヴィアは答えた。
彼女の言葉はアナベルに吹き込まれたものではなく、オリヴィア自身の考えるもの。見たもの。空っぽだったオリヴィアは少しずつ中身が満たされていくようだった。少なくとも晃真にはそう見えていた。だから、晃真はオリヴィアを信頼した。
「オリヴィアが言うことなら信じられるな。行くか」
と、晃真。
オリヴィアは頷いた。
こうしてオリヴィア一行はアルコナの村の地下――ロムの管理する『Gift』工場へと向かった。




