15 破綻
屋外。明るい。ここは閉じ込められた空間とも、ロムの拠点とも違う。
オリヴィアはどうにか拠点の外に逃げ出した。まず外に出られたということで安堵感を覚える。それから、オリヴィアは周囲を見回した。
拠点の外は寂れた村。建物の様子やさらに遠くの景色から、マルクト区近くや南部の山地寄りの町とは違うことはわかった。
移動中に襲撃されたと思えば、イデア能力で作られた空間に隔離され。さらに出られたと思えばリンジーが殺しにかかってきた。だから逃げた。逃げたら、出られた。
この村に出るまでの経緯はまるででたらめだ。だが、オリヴィアはここが件の村、アルコナだと確信していた。
「連絡しないと。わたしがアルコナにいるって」
オリヴィアは呟き、持ち物を漁る。と、ここでオリヴィアは携帯端末がないことに気付いた。どこかで落としたか、あるいは。
だが、理由はどうであれこれでは仲間と連絡を取ることもできない。
「……はぁ、はぁ。逃げ切れた」
オリヴィアの背後からの声。
振り向いてみればオリヴィアの背後にはリンジーがいた。全身に浅い傷があり、息も上がっている。全身の傷はすべてオリヴィアがつけた。
「リンジー……」
これ以上、オリヴィアは言葉が出ない。
義理の姉を名乗り、オリヴィアのためにロムと手を切ろうとまでしてくれたリンジー。だか、ロムの本拠で再会したときに、リンジーは殺意を向けた。
あの殺意がリンジーの心からのものでないことはわかっていた。だが、それでもオリヴィアの情緒はめちゃめちゃだった。
心の内を表すかのように、オリヴィアは知らず知らずのうちにイデアを展開していた。
「落ち着いて……あたしがあんたを攻撃したのは事実だけど……」
オリヴィアを前にしてリンジーは言った。だが、オリヴィアは感情を抑えきれずに言葉を零す。
「嘘つき」
あまりにも淡々とした口調に、リンジーも呆然とする。いや、彼女もこうなることは覚悟していた。
オリヴィアはこれ以上リンジーに何か言うこともなくこの場を後にした。
向かうのは適当な廃屋。人がいる様子のない民家を探し、オリヴィアは上がり込んだ。
だが、廃屋には思いもよらぬ先客がいた。
「やあ、オリヴィア。アニムスで別れて以来かな?」
アナベルだった。
「なんでいるの……」
オリヴィアは言った。
その瞬間、オリヴィアの目から涙が溢れ出た。すると、アナベルは立ち上がり、オリヴィアを抱きしめる。抱きしめて、口を開く。
「つれないねえ。私と君は赤い糸で繋がれているんじゃないか。それにしても君も相当参っていると見た」
「……そんなこと言われたって」
アナベルに見抜かれたオリヴィアは取り繕うが、そんなことは意味がない。
「どれ、私が君の代わりに殴り込んで来ようか。ちょうど私もロムの右腕……グラシエラとは因縁があってね」
と、アナベル。
「わたしも準備できたら殴り込むよ。ロムは、わたしが倒さないといけないの」
「何があったかは聞かないよ。ただ、まだその時じゃない」
アナベルは焦るオリヴィアを目で制止した。
仕方ない、とオリヴィアは目を伏せる。
オリヴィアと別れたリンジーが向かったのはテンプルズの町――の、協力者の家。約束の時はとっくに過ぎていた。だが、今のリンジーが行くところはロムの元以外なら協力者のところしかなかった。
協力者から教えられた場所は、テンプルズの北寄り。中心街からは外れて、小規模な農園を備えた民家が建ち並ぶエリアだ。
リンジーは件のエリアのアパートのインターホンを押した。
住人は、協力者は出るだろうか。
「はーい」
という声とともに、ドアが開く。
特徴的なスタイルをした黄緑色の髪、金色の瞳、蛍光色のパーカーに熟練したイデア使いの気配。
この女がブリトニー・ダーリング。リンジーの協力者だ。
「リンジーか。連絡がないから何かあったとは思ったぜ」
ブリトニーはリンジーを見るなり言った。
「察してくれてありがとう。ボルドのせいで、全部考え直さなきゃいけない。ったく、酷い話だよねえ」
リンジーは息継ぎもせずに早口で言った。その姿が憔悴しているようにも映る。
「はいはい、落ち着けよ。焦ったら何でも裏目に出るぜ」
ブリトニーは言った。
何があったのかは知らない。だが、ブリトニーはリンジーを信頼して部屋に上げた。
「疲れたときには甘いもの。殴り込むなら落ち着いてからだぜ」
「ありがとう……ブリトニーは優しいね」
「辛いことを経験したからな」
と言って、ブリトニーは部屋の奥へ向かい、冷蔵庫から手作りのスコーンを出した。
「糖分は心によく効くぜ」
ブリトニーはにやりと笑ってスコーンをテーブルに置いた。
「ありがとう……そうだね。オリヴィアも言うほど弱くないはずだ」
リンジーはそう言うと席についた。
スコーンにはチョコレートが入っており、優しい甘さと苦味がリンジーの舌を包んだ。ちょうどリンジーが欲していたような味だ。無意識のうちに彼女の目からは涙がこぼれていた。
そんなリンジーを、ブリトニーは優しい目つきで見ていた。
「まずはオリヴィアと和解する。話はそれから」
「だな。私は殴り込んでヒューゴーを連れ戻す」
2人は決意を新たにした。
3日後、レムリア大陸全土を揺るがす事件が起きることとなる。




