11 信頼
「なるほど、名前はマリカ・ブリンク。今の担当教員はプロスペロ」
クリシュナは言った。
マリカが引き抜きに応じた後、クリシュナはマリカに詳細な身の上を尋ねた。するとマリカは話せる限りのことを話し、クリシュナがまとめて。そして今に至る。
「やはりプロスペロか。暗部の零が調べていた通りだ。となれば……プロスペロからたどるか……」
クリシュナは続ける。
「話を聞くにマリカは間接的にやつらに関わってそうだがね。マリカを引き抜いて意味があるのかい?」
ここでエミーリアが尋ねた。
「意味ならあるさ。マリカをプロスペロに利用させないため。プロスペロの監視ならまだ零が続けているからマリカをスパイにしておく意味がないというのもあるね」
クリシュナは答えた。
「さすが知将と呼ばれるだけはあるのですね」
「ああ。どこかの節穴野郎や裏切り者たちとは違うからね」
感心したパスカルにクリシュナは言った。
ナジュドやヴァレリアンに言及するあたり、ディレインでの事件に対してクリシュナにも思うところがあるらしい。
暫く妙な空気が辺りを包み込んだ後、クリシュナは口を開いた。
「さて、いつ動こうか。俺はいつでも構わないよ」
「集めてくれた情報を確認したらいつでも。それから、もしイデアで作り出された空間に入る方法を知っていれば教えて頂きたいのです」
と、パスカル。
「いきなりそんなことを……すまないな、俺は知らない。イデア研究者ならば話は別だろうが」
クリシュナは残念そうに答えた。するとパスカルはにこりと微笑んで。
「いえ、私がこんな質問をするとは思わなかったでしょう?」
「確かにね。錬金術師の俺に聞くことがあれば、この町のこと、錬金術のこと、テンプルズ支部のことのどれかだったからね。答えられなくてすまない」
と、クリシュナは言った。
終始穏やかな空気の中、一行はテンプルズ支部のゲストハウスへと案内されることとなる。パスカルたちはゲストハウスで資料を読み、突入のときを決めるのだった。
どれだけ時間が経ったことか。
ボルドに謎の空間へと連れ込まれ、ただひとり放置されていた。眠ることも許されない空間でオリヴィアにできることは思索にふけることだけ。今、オリヴィアはアナベルの言葉を思い出す。
――私と君とは赤い糸で繋がれているからね。君のいる場所はすぐにわかる。
「赤い糸……」
オリヴィアは呟いた。
アナベルの糸はどこにでも届くとはいうが、閉じ込められた空間にまで届くのか。そもそもアナベルの言葉はどこまでが本当のことなのか。
確かにアナベルは、オリヴィアがロムに殺されそうになったときに現れて命を救った。彼女がいたからこそオリヴィアは今生きていられる。だが、オリヴィアが危機的な状況下におかれた時であってもアナベルが現れないこともあった。
違いは何だ。
「……なんでわたしは、アナベルに期待しているんだろう」
オリヴィアは呟いた。
アナベルよりも信頼できる相手がいるのに、なぜか真っ先に浮かんでしまう。
時間の感覚もあてにできない中、空間へと入ってきた者がひとり。
「よう、元気か。オリヴィア。ついに到達しちまったらしいじゃねえか」
聞き覚えのある声。
オリヴィアは声の方を見た。
入ってきたのはクラウディオ。オリヴィアを連れ込んだ張本人のボルドはいない。
「怖い顔するなって。この俺が様子を見に来てやったってのによお」
と、クラウディオ。
彼の声は確実にオリヴィアの神経を逆撫でし。
「黙って。ううん、死体なら何も喋らないよね」
オリヴィアはそう呟くと影を展開した。が、ボルドがいなくても影はたちどころに消えてゆく。相変わらず能力は封じられているようだ。
「無駄なことはやめとけ……って遅かったか。ここではだいたいのイデアは封じられてんだよ。諦めろ」
と、クラウディオ。
「じゃあ、どうしてわたしなんかに構いに? 殺すなら外で殺せばいいでしょ?」
「殺すのは俺じゃねえよ。ロムが自分の手で殺してえそうだ」
オリヴィアに挑発されてもクラウディオは乗らない。オリヴィアにその余裕を見せつけてきた。
「信用されてないのね。可哀想に。わたしは晃真たち……仲間のこと、信頼してるから。信用されない人間なんて、わたしからすれば格下だよ?」
余裕を見せてきたクラウディオを、オリヴィアは煽る。
「あなたたちのところにいたときは、信頼なんてわからなかったけど。パスカルと晃真が教えてくれたの。だからね、ロムやあんたみたいに疑心暗鬼にはならない」
「面白いこと言うじゃねえか。ぶっ殺してえよ」
吐き捨てるようにクラウディオは言ったが、オリヴィアはその奥の感情に気づいてしまった。が、オリヴィアは何も言わない。どうせクラウディオには何も届かない。
「殺すのはわたしだよ。ところで、リンジーはどこにいったの?」
と、オリヴィア。
するとクラウディオは薄ら笑いを浮かべ。
「再教育を受けているぜ。ロムのアレはお前もよーくわかるだろ。次にお前に会うとき、あいつはもうお前の義姉なんかじゃねえ。お前の命を狙う、ロムの忠実な左腕だ」
クラウディオは言った。
「待って……じゃあリンジーは……」
オリヴィアがそう言ったとき、クラウディオは空間の外に出ていた。




