3 幻影のような女
「早かったね。本拠からだともう少しかかると思ったよ」
千春が帰ってきたのは夕方になってからだった。帰ってきた千春の髪は乱れ、目の下には隈ができている。忙しさやストレスのせいで眠れていないことは明らかだ。
「おかえり。とりあえず寝たらどうだ?」
と、ジダン。
「寝るだと? まだやることはある。行方不明者の捜索に野次馬の制止。寝ていてはなにも進まないんだよ……」
千春は答えた。
「そうだ……生存者はいるが、全員住む場所をなくした。彼ら、マルクト区の外ではまともに生きていけないわけだから、どうにかしなくては……」
取り憑かれたかのように続ける千春。直接は言わないが、彼も相当精神的に参っているようだ。そんな千春を見かねたランスが口を開き。
「これ以上はいい。俺たちがどうにか片付ける。ひとまず寝てくれ。お前はよくやったから」
「……支部長がそう言うのなら。とにかく、生存者を頼む」
千春はそう言うと、緊張の糸が切れたのか意識を失った。ランスとジダンのいない間、1人で頑張っていたのだから無理もない。
ランスとジダンは千春の持っていたメモを手に取り、現状を確認する。
マルクト支部所属の者の中で生き残りはここにいる3人だけ。人質として置いていたドクター・ロウは死亡。ヴェロニカは水死体で発見。保護していた者たちや非戦闘員も全滅。マルクト区の住民に生存者こそいるが、難民のようなもの。かといって大陸政府が手を差し伸べるわけでもない。加えて、爆撃の様子やその後のマルクト区にやって来る一部の配信者。
「わけがわからない状況だ……」
ランスは呟いた。
「とはいえ、何もオリヴィアたちが関わることはないぞ。オリヴィアは、ロムとかいう人の足取りを掴んでくれればいい。あの飛行艇は、彼女のかもしれないんだろう?」
さらにランスは続けた。
「確証はないけど、多分そう。でも、先にロムをどうにかできたら、わたしもマルクト区のことは手伝うから」
と、オリヴィア。
「余裕があったらでいいからな。それよりオリヴィアにはこっちをどうにかしてほしいんだが……」
と言って、ランスは端末の方に目をやった。
オリヴィアは見ていなかったが、千春が帰ってくる直前にある配信者からメッセージが届いていた。
オリヴィアは端末に届いたメッセージを読んだ。
わかったことは3つ。メッセージの送り主があの配信者アリリオであること。爆撃に使われた飛行艇はある武器商人のものだということ。爆撃の首謀者が向かったのは、南レムリアの小さな村、アガロクであること。
「もし首謀者がロムなら、ロムが向かったのはアガロクの村ってことね」
オリヴィアは呟いた。
だが、それと同時に違和感を覚えていた。あの小さな村になぜロムが。潜伏するにはもってこいだろうが、意図が読めない。そのうえ、飛行艇を隠せるような場所でもない。
だからオリヴィアはパスカルに尋ねる。
「アガロクの村って何かあったっけ?」
オリヴィアが尋ねると、パスカルは眉根を寄せて一言。
「私たちが考えるべきは、アガロクの村のことよりロムのことよ」
パスカルはロムが首謀者だと決めつけたような物言いだ。
「貴女は、ロムのことをどこまで知っているの?」
さらにパスカルは尋ねた。
「え……」
オリヴィアはただ、声を漏らす。
思っていた以上にオリヴィアはロムのことを知らなかった。以前、オリヴィアの見ていた恩人としてのロムの姿は早々に崩れ去った。ロムはオリヴィアが見ていた以上に自己中心的で、冷酷で。だが、ロムはカナリス・ルートに迎合しているとも思えなかった。
そして、オリヴィアがここで導き出した答えは。
「ロムは……世界を憎んでいる?」
オリヴィアは言った。
「貴女にはそう見えているのね。私も、そう思っていたときがあった。実際にそうなのだろうけど、ロムは貴女が思う以上に危険な人。とにかく底が見えない。カナリス・ルートの一員だとはわかっているけど、本当に何をしでかすか分からない……」
パスカルも言った。
「本拠地の手がかりもないの。けれど、独自の武器販売ルートは持っていて。今していることだって、誰1人としてつかめていない」
付け加えるパスカル。
「ロム姉がそんなことを。パスカルがつかめないのなら、わたしの記憶もあてにならないのかも。一体どんなことをすれば――」
オリヴィアがそう言ったとき、再び端末にメッセージの着信があった。今のメッセージもまた、アリリオが送ったもの。
オリヴィアは端末に届いたメッセージに目を通す。
今度のメッセージには、ロムに関する手がかりが載っていた。まず向かうべき場所は、亡龍城――かつてレムリア大陸の経済の中心を担う企業の1つが所有していた建物。30年以上前に所有者が失脚し、今では放棄されている。
「パスカル。亡龍城って知ってる?」
オリヴィアは尋ねた。
「……ええ。危険な場所だけど。絶対にオリヴィア1人では行かせないから」
と、パスカル。
「だな。5人で行ってきてくれ」
ランスは言った。
配信者アリリオからのメッセージにより、オリヴィアたちは亡龍城行きが決まる。危険だとされる亡龍城だが、行かなければロムと爆撃事件に関しては何も進展がないだろう。




