1 私が新たな秩序を作る
マルクト区を爆撃したのは1隻の飛行挺。
その艦長室には茶髪で眼鏡、緑色のロングコートのような服を着た女がいた。
「……ランスがどう動こうとも、私はここを更地にしたかったのだけどね」
この女、ロム。
彼女はマルクト区上空から攻撃指示を出し、飛行挺でマルクト区を爆撃させた。マルクト区を焦土に変えたのは彼女の決断があってこそだった。
ひとしきり爆撃した後、飛行挺は飛び去る。
目的地にはロムの上司にも当たるトイフェルにさえ伏せられている。伏せられた場所は――
爆撃の翌日。
ロムは本拠点に数名の男女を呼び寄せた。その中にはヴァルトやグラシエラ、シーラもいる。さらに、ロムの隣にはクラウディオが。
本拠点にロムの手の者全員が集結した。
「さて……結果的にあの爆撃は正しかったわ。あのボスが撤退を考えるくらいだからね」
と、ロムは口を開いた。
だが、その言葉とは裏腹にロムは笑わない。
「だな。で、そろそろ始めんのか?」
軽い口ぶりのクラウディオ。
「もちろん。関係者の裏切り、止められない会員の死、取引の失敗。もはやあの男の時代は終わるのよ。トイフェルに代わって、私が新たな秩序を作る」
ロムはそう言って口角をあげる。笑顔をめったに見せない彼女が見せた笑みは、邪悪な笑みだった。彼女の笑みを見て部下たちはほんの少し委縮したが、1人だけ動じない者がいた。
「いいじゃねえか、ロム。好きだぜ。そういうとこ」
「クラウディオ。褒めても何も出ないわ」
クラウディオがおだててもロムは冷静。その冷静さがあったからこそ、彼女たちはここまで生き残ってきた。
ロムは強かな人間だ。自身が優位に立ったとしても決して油断せず、手段も択ばずに潰すものは潰す。目的のためであれば部下や同志にも命をかけさせる。彼女が命をかけさせ、失敗して命を落とした会員だっている。
ここはレムリア南部、テンプルズの町の北。小さな村の地下。ゲートの欠片をうまく使うことで、ロムたちは地下に広大な拠点を築くことができている。こうすることでイデア覚醒薬『Gift』の工場をトイフェルや大陸政府関係者に知られることなく保有できている。
さらに、ロムたちがいる拠点は地下でも堅牢な造りの洋館。この拠点はまだ、ばれていない。
そんな中、グラシエラは口を開く。
「とはいえ、私たちはどうすべき? 鮮血の夜明団にはもう『Gift』は通用しないはず……」
「抜かりは無いわ。もう少しカナリス・ルートにただ乗りさせてもらう。あるいは、カナリス・ルートは私が乗っ取る。細かい動きは追々話すから、情報収集は忘れずに……」
ロムはそう言ってこの場を後にする。
彼女が向かうのは自室。ロムは13年前にパスカルと決別してから変わった。知っている者は少ないが、ロムが話す場にいた中年男性――吸血鬼プロスペロは昔のロム知っていた。
13年前までのロムは、身内を切ることや裏切りをよしとする人ではなかった。独善的ではあったが、まだ冷酷とまではいかなかった。
「変わったな、ロム……私はどう接していいものか……」
プロスペロは誰にも聞こえないように呟いた。
そして、ロムの自室。
ロムは表情ひとつ変えずに携帯端末を起動。さっそくトイフェルに電話をかけた。
『ロムか。いつも世話になっている』
トイフェルはすぐに電話に出た。人を基本的に信用しないロムは、トイフェルが自身を信用しているのかも疑っていた。
「ええ。単刀直入に聞くわ。鮮血の夜明団と敵対して潰れたルートを教えて頂戴」
と、ロム。
『珍しいな。お前なら簡単に調べあげられるようだが……』
「確認のためよ。潰れたルートなら洗い出し済み。だからマルクト区の爆撃もスムーズにいったのよ?」
ロムはくすりと笑いながら言う。
『そうか。では私が例のルートをまとめて送っておく。必ず覚えておけ。覚えたらファイルを消すんだ』
淡々と指示を出すトイフェル。
「ええ。必ず消すわ。仮に外に漏れようものなら、漏らしたやつごと消すつもりよ」
『そうだな。お前の手腕は評価している。人脈もどこからどこまでつないでいるかわからんが……よくやってくれている』
トイフェルは言った。
取引が失敗に終わった後であるのに、ずいぶんと穏やかな口調だった。
「同じカナリス・ルートを名乗るとはいえ、話せないこともあるのよ。それでは、吉報を待っていて欲しいわ」
と言って、ロムは電話を切る。電話を切って一息置いたところで、ロムは再び邪悪な笑みを浮かべ。
「ンッフフフ……やはり程度が知れるわ! トイフェルの弱点は情! 情があるのに下手にドライなふりをするから!
……何も知らないまま待っていなさい」
しばらくすると別の端末にファイルが送られてきた。ロムはファイルをすべて印刷して手に取った。
ファイルにあった、潰されたルートはロムが確認したものより少ない。これが意味するのは、ロムがトイフェルに勝っているということ。情報収集という点では。




