24 不死者の道連れ
ヒルダの銃弾は通らない。だが、ヒルダが隙を作り、キルスティが戦いに乱入した。
「!?」
ヨーランは明らかに焦った表情を見せてキルスティの攻撃を躱す。と、そこにはパスカル。彼女は思いっきり斧を振るった。ヨーランはどうにか躱すも、さらに晃真とキルスティ。
「やはり囲まれると分が悪い……死を想え……」
ヨーランは呟いて、再び棺から影を放出する。それでもキルスティはヨーランに突っ込もうとしたが――
キルスティも恐怖にとらわれた。不屈の精神の持ち主の彼女でさえ、”死”への本質的な恐怖には打ち勝てない。キルスティは足を止め、ぶつぶつと呟いた。
「クソ……なんなんだ……お前は何をした……」
キルスティだけではない。パスカルと晃真も恐怖にとらわれた。パスカルも晃真もこの恐怖がヨーランの能力によるものだとはわかっていた。が、対応できない。どうすればこの恐怖を振り払えるのかもわからない。
地上にいる3人が相対しているのは、まるで死そのものだ。
「死は生物が本能的に恐れるものだよ。それは人間でも変わらないし、君のような医者ならなおさら恐れているだろう?」
と、ヨーラン。
図星だった。キルスティが嫌いなものは、人の死。闇医者、医者の皮を被った殺し屋、血塗れの医者などといった悪名がありながらも、キルスティは本来ならば人を生かす者。自分の死を恐れずとも、自分が助けると決めた者の死であれば恐怖は抱く。
キルスティは歯を食いしばった。抱いた感情が恐怖であることは事実。否認したところで何も変わらないだろう。
キルスティはパスカルと晃真の方を見た。2人は恐怖で立ちすくんでいる。その表情は恐怖に取り憑かれたようで、絶望しているようにも見える。恐らく、ヨーランと戦っている3人の中で一番精神を保てているのがキルスティだ。
「……私の死じゃないぜ、恐れてるのは。私が恐れるのは、仲間の死だ。死なせねえためなら別に私が死んだってかまわねえ」
キルスティは答えた。
それはヨーランがこの場を去ろうとしたとき。ヨーランは立ち止まり、キルスティの方を見る。
震える手にキルスティは炸裂弾を持つ。
死への恐怖も所詮はヨーランの手によるもの。キルスティは自分が死のうともどうでもいいと感じていた。生かすべき人が生きてさえいれば。
「初めてだよ、”死”への恐怖に打ち勝つ人間なんて」
と、ヨーラン。
そのときだ。キルスティは持っていた炸裂弾を放り投げる。
炸裂弾は空中で炸裂し、付近を包み込む。光は展開されていたイデアを消し去った。ヨーランが棺から放出した死への恐怖をあおる影までも。
これでキルスティは死への恐怖から解放された。だが、イデア使いの気配が消えるのも同じ。キルスティはわずかな衣擦れの音と心音を頼りにヨーランとの距離を詰めた。
「光栄だぜ。何も世の中には死を恐れる人間ばかりじゃないもんでね」
その言葉とともに、一撃。
金属音が響く。
閃光の中でもヨーランはキルスティの速度に対応してみせた。さらにヨーランはキルスティを弾き飛ばした。
だが――
「キルスティだけが相手じゃないって忘れてる?」
今度は斧での攻撃。威力こそ落ちてはいるが、ヨーランは妙な気配を感じ取る。だから避けた。
閃光が晴れない中、さらにキルスティは護身用のタクティカルペンで殴りかかる。
躱すヨーラン。
そこにパスカルの大振りな一撃。
ヨーランはじりじりと後退し、少しずつ敷地の端へ。崖へと近づいていた。
閃光が晴れた。
ここで晃真がすかさず灼熱の剣を持ち、突撃。ヨーランは難なく受け止めるも、晃真の膂力に押されていた。さらに右からはパスカル。ヨーランは後退するしかなかった。
「はあっ!」
パスカルが斧を振るい、ヨーランは跳びあがって躱す。
ヨーランは懲りずに棺から影を出した。が、今回ばかりは様子が違う。今放出された影はパスカルたちの恐怖を駆り立てない。かわりに、影は3人の方ではなくヨーランの方へ。
ヨーランは影を纏うつもりだ。
「死に踊れ」
と、ヨーランは空中で呟いた。
瞬間、影はヨーランの中に入り込み、彼の手足は黒く染まる。それだけではない。ただでさえなかったヨーランの血色がいよいよ失せる。それはまるで死人のよう。キルスティが聞き取れていた心音も消える。
「まさに死人じゃねえか!」
キルスティは吐き捨てるように言う。
対するヨーランは何も言わない。ただ剣を構え、着地してすぐさまパスカルに斬りかかる。が、はじかれた。そこにキルスティが現れ。
「死人のようなやつにコレを使ったことはない。が、もし少しでも細胞が生きていれば、おそらくコイツが効くはずだ」
キルスティはそう言った。
ヨーランは表情ひとつ変えなかった。
キルスティは手加減もせずに左手に持った鋏をヨーランの首に突き刺した。突き刺して、ヨーランを押し倒す――崖の端で。
「キルスティ!? 一体何を――」
「生きて戻ったら教えてやる。私が何をしたかったかを、な」
と、キルスティ。
彼女とヨーランは崖から落ちてゆく。その下は川だ。
そして、ヨーラン。
首にできた傷から、キルスティの目論見通り殺人バクテリアが体内に侵入している。傷口は腐敗しているように見えたが、進みはやけに遅い。
「なるほど、確実に戦線離脱させるつもりだったか。だが、この勝負はぼくの勝ちだ」
ヨーランはほくそ笑み――ヨーランとキルスティは棺の中に閉じ込められた。
ほどなくして棺は川に落ちた。




