22 殺せない男
ジダンは2人の気配が消えるのを感じ取った。正確に言えば気配がごくわずかになった、といったところか。
今、ジダンはちょうど襲いかかってきた構成員を無力化したところだ。
「まずいな……」
イデア使いの気配を辿ればある程度の状況はわかる。少し前、接敵する前にホールからトイフェルとランスが出てきたことは確認済み。さらにそこにオリヴィアが接触したらしい。ジダンは2人がトイフェルにやられたと踏んでいた。
急がなければ。
ジダンは走り出していた。
オリヴィアたちは気配が薄れた場所で倒れていた。オリヴィアには銃創があり、さらにトイフェルの能力の残り香もある。ランスの方は刃物で斬られた傷が目立つ。その傷は深く、今すぐにでも処置をしなくてはならない。
ジダンの決断は早かった。
ジダンはイデアを展開し、意識を失った2人とともに本拠から離脱した。
時を同じくして、本拠の裏手。ちょうど監獄塔のある周辺でパスカルは接敵した。相手はヨーラン。オリヴィアや晃真と戦ったことのある相手だが、そんなことをパスカルは知らない。そもそも敵であるかどうかもわからない状況だが――ヨーランはパスカルに敵意を向けてきた。
剣を抜いて、パスカルに向ける。イデアも展開する。ヨーランは戦わなくてはならない。
「あなたは……生きているの? 生きたイデア使いの気配があなたからはしない」
何かに駆られたようだが生きているように見えないヨーランを前にしてパスカルは尋ねた。するとヨーランは「ふっ」と笑い。
「ぼくがアンデッドだと言ったらどうする?」
ヨーランは少しばかり悪戯っぽい表情で言う。
「そういうイデアだって判断する。判断したうえで、試したいこともあるの」
と、パスカルは言って斧を握りしめる。
次の瞬間、双方が動く。
スピードはヨーランが勝っている。棺の中から溢れ出る影を纏って斬撃を繰り出す。その速度はパスカルの反応を超えていた。
「っ……!」
寸前で障壁を展開して防ぎきる。と、ここでヨーランは距離を取って棺から影を伸ばす。これは障壁であろうとも防ぎきれない。
迫る影。
パスカルは一旦、障壁を消した。ここからバックステップで距離を取って炸裂弾を放つ。空中で炸裂して光が辺りを包み込んだ。
好機だ。パスカルは足を踏み出して斧での一閃。彼女の膂力から繰り出される一撃を受けて、ほとんどの者はそれなりの傷を負う。パスカルは確かな手ごたえを感じていた。さらにもう1撃――
少しずつ光が晴れる。パスカルはヨーランから距離を取った。
能力を封じた相手に2撃加えたのだ。パスカルはヨーランに大きな打撃を与えたと考えていた。が、現実は非情。
「残念だったな……ぼくが不死でなかったら、君はぼくを殺せていた」
血だらけのヨーラン。パスカルはヨーランの胸部と頭部に攻撃を当てていたらしく、彼でなければ間違いなく死んでいた。
「解せない……そんな当たり所なのにどうして」
と、パスカル。
彼女が戸惑いを隠せないのはヨーランから見ても明らかだ。しかも、影が閃光弾で消えた辺り、影は間違いなくイデア能力。それなのに、能力の核であるはずの棺は消えていなかった。
パスカルの理解の上を行くことが起きている――
「簡単なことだ。死人のイデアは閃光弾で消せるものじゃない。ぼくは死人だ、触れられるものならぼくに触れてみるといい」
と、ヨーランは言った。
「そういうことね。貴方から生きたイデア使いの気配がしなかったってことは」
パスカルは言って、斧を片手に突撃。この一撃をヨーランは受け止めたが。
パスカルの攻撃は遅くても、一撃は重い。早々に力負けすると踏んだヨーラン。パスカルの斧を受け流すようにして彼女の死角に入る。
「気配を追いづらいだろう?」
と言ってからの斬撃。
間一髪でパスカルは障壁を展開する。斬撃は障壁に阻まれるが、ヨーランは障壁の左側から回り込み、斬撃。
素早い斬撃がパスカルの脇腹をとらえた。刃の切っ先がパスカルの皮膚を切り裂いた。
パスカルの脇腹に走るわずかな痛み。幸いなことに傷は浅い。
今の攻撃で勢いづいたのか、ヨーランは影を纏いなおして斬り込む。斬っては防がれ、障壁にはじかれる。が、パスカルが隙を見せたことで、ヨーランがやや有利となる。
「まずい……! 私の手に負える相手では……」
パスカルはそう言って剣を受け止める。
「だろうな。ぼくを殺す方法はまだわからない。こうなってから、病気にもかかったことがない」
聞こえていたようで、ヨーランはそう言った。
パスカルとヨーランの戦いは何も2人だけが知ることではなかった。
ゲストハウスの裏の林。ここで巡回の者たちを斃したキルスティとイリスは、戦いの様子を見ていた。
「なるほどね。そりゃ、苦労するわけだ。不死……不死ねえ」
と、キルスティは呟いた。
「うわ、キルスティってば悪い顔してるね。何する気?」
イリスは尋ねた。
「不死野郎を殺す方法を思いついた。つっても、確実とはいかねえ。賭けというか、実験みたいなものか」
「錬金術でも使うの? 炸裂弾を使っても殺せなかったみたいだよ?」
「だから賭けなんだろうが。普通の人間なら致死率100%だぜ」
と言ったキルスティは、右手に持った鋏をちらつかせる。鋏は赤黒い血で汚れていたが、この汚れをふき取ることはできない。
「仕掛けがあるんだね」
察したようにイリスは言った。
「ある。問題は、どうやってあの2人の戦いに割り込むか。2人とも、私の入り込む隙もねえ戦い方をしやがる……」




