2 出会う気配
セラフの町でも採掘場と反対側の場所には繁華街や駅なんかがある。ここに来る人、ここから出発する人が行き交い、駅の近くは賑わっていた。
オリヴィアたちもこれからセラフの町を出る。そのために駅に来ているのだった。
「13番線だってさ」
キルスティはメモを見ながら言った。彼女のメモを持っていない方の手には5人分のチケットが握られている。その目的地はウィスパード。オリヴィアが目指す町に一番近い場所だった。
「時間はあるけど早めに行こう。何があるかわからないし」
と、オリヴィア。
「そうだねえ。旅行とはわけが違う。私らはいつ襲撃されてもおかしかないんだよ。その方が好都合ではあるけどね」
今度はエミーリアが言った。
そんな彼女は楽しんでいるように見えて神経を尖らせていた。いつ誰が自分達を消しに来るか。言葉を交わす中で、ちらちらと付近を見ていた。
――今のところ、敵意を向けてくる人はいない。イデア使いの気配もあるけど。偵察は続けるか。
この町の近くにはかつて使い手となるファクターがあったことはアナベルも知っている。だからイデア使いがここにいたとしてもおかしいことではない。
アナベルはそうやって納得し、今度は駅舎の外を見た。
――つけられてもいない。当分は大丈夫かな……?
そうやって、5人は無事にチェックインも済ませてホームで待っていた。
ホームで目的の列車を待っていたのはほとんどが裕福そうな者たち。それもそのはず、これからオリヴィアたちが乗る列車は豪華な寝台車。乗り継ぎをせずにウィスパードに行ける列車など、これくらいしかない。
「さすがにこの中にイデア使いはいないだろうな」
と、晃真は言った。
「なんでわかるの?」
「イデア使いは普通の人間より早死にするんだよ。寿命は人間の半分になるんだと。だから、ああやって老いる前に死ぬというわけだ。戦わなくても例外なく40前後で、長くて50くらいで死んでいる」
オリヴィアが尋ねると晃真は答えた。
「そうなんだ。だったら安心していいのかもね。だって、お年寄りばかり……」
そう言いかけたオリヴィアはふと、同じホームにいた若い女の方を見た。彼女は大きなスーツケースを携えて、ボトル入りの飲み物を飲んでいる。
「彼女は、どうなの……」
その女を見てオリヴィアは呟いた。
大金を得られてかつ単独でレムリアを大きく移動するような真似ができるような身分なのだろうか。事情はわからなくとも、オリヴィアは彼女のことが気になった。
「そのうちわかるさ。私たちが関わることにならなきゃいいがね」
エミーリアは知ったような口を利く。
「まさか、ヤバイ方の人? だったら関わりたくないよね。カナリス・ルートの人だったりするの?」
「そんなわけないだろうが。いや、情報に制限がかかるような連中ってことには変わりないけどね。カナリス・ルートとは一切関係ないし、むしろ……」
エミーリアはそうやって言葉を濁す。その一方でオリヴィアはエミーリアに対して不信感を募らせる。晃真にも、キルスティにも。
――利用したかったのはわかってるけど、今度は騙そうとでも思ってたりする?
オリヴィアはキルスティの方も見た。
キルスティは平然とした様子で手帳の内容を見返している。何が書いてあるのかはオリヴィアの知ったことではないが。
ふと、一行の前にやってきた、飲み物を持った男。
「よろしければどうぞ」
彼は飲み物の入ったケースを差し出した。
「ウェルカムドリンクねえ。ちょいと目的は違うが頂こうか」
と、エミーリアは言って5人分の飲み物を取った。
「ウェルカムパーティーが始まりますので、ぜひどうぞ」
男はにこりと笑った。
セラフの町の駅、13番線のホーム。
周囲を警戒しているオリヴィアたちをよそに、スーツケースを携えた女――エレナ・デ・ルカはミックスジュースを飲んでいた。そんなときに彼女はオリヴィアの視線に気づく。
「……そんなに珍しいか? まあ、確かに回りはご老人ばっかだが」
エレナはオリヴィアたちに気づかれない程度の声で呟いた。
ボトル入りの紅茶をショルダーバッグに仕舞い、今度は携帯端末を見る。そこにはエレナの予想していた通り、メッセージが届いていた。送り主はヨーラン。
――ああ、はいはい。先輩をウィスパードに呼んでおいてよくそんなことができるぜ。今度は何の悪だくみだ?
エレナは無表情でため息をつくと、メッセージに返信する。
【了解だ。条件として私が送り付けた服を着てこい。いいね?】
わざわざ遠出させたヨーランに対し、エレナは自分の要求を押し付けることを強制、もとい提案した。内心では悪態をつきながらも、エレナはヨーランを信頼している。彼なら必ず応じてくれる、と。
そんなとき、着信があった。
「うん、早いな? さては棺に引きこもる案件でもあったか?」
エレナはそう呟くと電話を取った。
『違う。ちょうど会議が終わったところだよ。エレナ……もしかして服とはあれのことか?』
ヨーランはエレナに確認をとるように尋ねた。
「じゃなかったら何だ? お前ならピンクもよく似合うぜ」
『……せめて薄緑とかにしてくれ。可愛すぎる』
「今度からはそうする。で、こっちはお前が手配した分は楽しむことにするぜ。何の意図があったかは知らんが」
エレナはそう言った。するとしばらくヨーランはだまりこみ。
『すまない』
それだけを言った。




