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15 囚われの戦女神

 塔の最上階、その独房の中には杏奈がとらわれている。

 彼女はイデアを制限する紫念晶入りの枷をつけられ、破ろうものなら全身耐えがたい痛みが走る。だから脱獄などできないでいた。


 今、杏奈はパスカルと看守を任されたクラース・クロルの戦いを鉄格子越しに見ていた。

 支部長にも手が届く強さのクラースの攻撃を、パスカルは見事に防ぎ、躱している。だが、パスカルが攻撃に転じた直後。彼女の背後に血の炸裂弾が迫る。


「避けろ、パスカル! 後ろだ!」


 叫ぶ杏奈。

 だが、その声はパスカルには届かない。パスカルはそのまま追撃に移り、斧を振り下ろす。

 瞬間、血の炸裂弾が着弾し、炸裂した。


 パスカルが気づいたのはその瞬間。彼女はイデアを展開し、炸裂弾を防いだ。

 このとき、パスカルは目の端で杏奈の姿をとらえた。


「杏奈……待っててね。すぐに終わらせる」


 炸裂した血が壁や床を汚す。

 次にクラースは銃剣に持ち替えてパスカルに接近。斧のリーチより内側に入り込み。


「すぐにって何だ? やっぱりお前、ボクのことなめてるだろう」


 と言って、パスカルを切りつける。

 それなりのリーチを持った斧はあまり近距離に入られると当てづらい。さらに大振りなので隙を突かれて一撃をもらった。

 パスカルの顔に斜めの傷が入り、たらりと血が流れ出る。クラースとしては嫌がらせのつもりだった。女の顔に傷があればそれだけで女としての価値は下がる。

 クラースは不敵に笑った。だが、パスカルは顔の傷など意に介さない。


「あなたはそういう次元じゃない。目的のために倒さなきゃいけない相手だからね」


 パスカルはそう言って、斧を捨てた。これが何を意味するのか、クラースにはわからなかった。だからもう一撃入れようとしたが。


 クラースの鳩尾に耐えがたい鈍痛が走る。


「うっ……!?」


 痛みに顔をゆがめるクラース。

 クラースが血の銃剣でパスカルを刺そうとしたとき、至近距離に迫ったパスカルはクラースの鳩尾に拳を叩き込んでいた。

 クラースはよろめき、後ずさる。少しでもパスカルから距離を取ろうとしていた。

 距離を取って、遠距離から血の武器でパスカルを狙い撃つ。


 パスカルはそんなクラースに再び近寄ろうとするが、背後のイデアの動きに気づいてその足を止めた。


「そっちは……ブラフだよ……」


 と、クラースが一言。

 同時にパスカルは足元に溜まった血に気づき。パスカルは空中に跳びあがる。


「逃がさない」


 クラースはさらに血を操作し、下からパスカルを狙った。何丁もの銃と手が現れ、一斉に引き金を引く。このときのクラースは痛みが消えていないものの、ほくそ笑んでいた。

 だが、パスカルは彼女自身を包み込むような障壁を展開する。

 血の銃弾はすべて障壁に阻まれる。そのままパスカルは着地。クラースへと一瞬で迫る。


「逃がさないのはこっちも同じ」


 と言って、展開していた障壁を解除。

 その直後、パスカルはクラースに拳を叩き込んだ。1発とはいかず、2発、3発。クラースの全身の骨が折れる感覚がパスカルにも伝わった。


 やがて、クラースは意識を失って展開していたイデアが消え去る。まだ生きているが、戦闘が続けられない相手を殺す趣味は、パスカルにはない。

 パスカルはクラースを地面に寝かせて彼の所持品を漁る。鍵を探すためだ。


 手あたり次第鍵を探してみれば、クラースの靴の中に鍵はあった。左右それぞれに拘束具と独房といった具合。

 パスカルは鍵を手に取って牢に近寄ると鍵を開けて中に入った。


 杏奈は見るだけで痛ましい様子だった。露出度の高い拘束具を着せられて体の何か所かに痣や傷があり、暴行を受けたことがわかる。が、その中に1つだけ異質な痣があった。

 それは左脚のふくらはぎにあるひび割れのような青い痣。パスカルにはひび割れの痣が何を意味するのか知る由もなかった。


「何があったのかは聞かない」


 パスカルは杏奈を前にしてそう言った。


「……ああ。それより、左脚。見えてしまったか?」


 と、杏奈は言った。


「ごめん。貴女が脚を直接見せたがらないのも知っていたけど」


「あんたはいい。親友だからな。それより、話さなくてはいけないことがある。手を止めなくていいから聞いてくれるか?」


「構わないよ」


 優しい口調のパスカル。そんな彼女を信頼し、杏奈は再び口を開いた。


「カナリス・ルートと鮮血の夜明団は、カナリス・ルートの前身の時代から癒着していた。これまでシオン会長なんかが頑張っていたみたいだが、成果も出ていない。それに、横流しされているものも突き止めた。イデア覚醒薬『Gift』、通称『クッキー』だ」


 淡々と語る杏奈。彼女の言葉を聞き、パスカルは眉根を寄せる。

 ちょうど今、杏奈の足枷の鍵が開いた。


「構成員でも『Gift』を使って覚醒した連中はそこそこいる。とはいっても、『Gift』での覚醒には副作用があってな。1階にいた警備員……あいつらは『Gift』の中毒者だよ」


 杏奈からそう言われ、鍵を開けていたパスカルの手が止まる。


「思い返せば、あの人たちは目の焦点が合っていなかった。そういうことなのね。まさか鮮血の夜明団も汚染されていたなんて」


 パスカルはそう言うと、再び手を動かす。

 かちゃ、と音を立てて右の手枷が外れた。今度は左だ。


「そうだな……『Gift』も危険だが、やつらはそれ以上に得体の知れない『ゲートの欠片』の取引を持ちかけて来た。見返りは鮮血の夜明団へのさらなる介入だそうだ」


 と、杏奈は言う。


「とんでもないことをするのね」


 パスカルは呟き、杏奈の左手を縛る手枷を開錠。

 これで杏奈は解放された。


「勢力を取り戻したいのだろう。カナリス・ルートは大陸政府にも影響力があるとはいえ、味方ではない。後ろ暗いところもあるからな、だから鮮血の夜明団を選んだんだろう。我々は世界の変化にうまく適応したからな」


 杏奈はそうして仮説を語る。


「そう。で、貴女はこれからどうするの?」


「私は春月に向かうよ。息子と旦那を危険にさらすわけにはいかない。何、異世界経由なら簡単だ。ここでのことは、すべて初音とエレナに任せている」


 と言って、杏奈は微笑んだ。


「なら安心。でも、気を付けてね」






挿絵(By みてみん)

現在の戦況。


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