14 前時代の亡霊
時を同じくしてパスカルとノキアは地上に出た。
そうしたと思えば、2人は武装した男たちに囲まれる。出てくる場所も予測されていたのだろう。
「ノキア。話が違うじゃない」
と、パスカル。
「状況が変わったらしいな。どちらにしろ、杏奈の解放が先だぜ」
ノキアはそう言うと、イデアを展開した。
彼女の展開したイデアは黒い鳥たち。ノキアと付き合いの長いパスカルでも、それを見るのは久しぶりだった。
「これを使うってことは結構本気なのね。任せるよ、ノキア」
「任せな。あんたの通る道なら私が作ってやるからよお」
と言って、黒い鳥を武装した男たちにけしかける。と同時に、武装した者たちのうち銃火器を持った者は発砲したが、弾丸や手りゅう弾が2人に届くことはない。それらはすべてパスカルの張った壁に阻まれた。
こうしてノキアは武装した者たちを一方的に攻撃し、できた警備の穴をパスカルが通り抜ける。パスカルを追おうとした者も10名ほどいたが、追おうとした者全員が胴体を黒い鳥に貫かれた。
「相手はこっちだ。あたしから逃げるな」
と、ノキア。
彼女の周囲にはまだ何羽もの黒い鳥が待機していた。
一方のパスカルは杏奈の囚われた塔へと突入した。
塔の1階には数名の警備の者たちがいる。いずれもイデア能力者。気配からパスカルは察していた。が、何か様子が違う。全員が虚ろな目をしているのだ。
異様ともとれる警備の者たちの様子を見てパスカルはその足を止めた。
「あへ……侵入者だ……」
パスカルに最初に気づいた男はそう言って近づいてくる。
このとき、パスカルはあることを思い出す。
――ここ1年で判明したことだが、イデア覚醒薬は3分の1の確率で精神に異常をきたし、依存性を発揮する。
おそらくここにいる者たちはイデア覚醒薬で精神に異常をきたした者だとパスカルは推理した。
「戻す手段はないのよね。こうなってしまったら、中和剤を打ったところで依存症だから……」
と呟くパスカル。そんな彼女にも警備の者たちは襲い来るわけで――
襲い掛かる警備の者たち。パスカルは素手で応戦した。
近寄る者たちの顎を正確に狙い、彼らを沈めていく。ひとり、またひとりと床に倒れ伏し。3分もたたないうちに、塔の1階にはパスカル以外の立っている者はいなくなった。
パスカルは上階に向かっていった。
2階にも警備の者たちはいた。だが、彼らは1階にいた者たちとは様子が違う。この警備の者たちは正常だ。
「侵入者だ!」
「下の連中は何をやっている!」
「とにかく足止めだ! 囚人を絶対に解放させるな!」
パスカルの様子に気づくなり、警備の者たちは声をあげる。
そのうちの1人がイデアを展開してパスカルの足止めを試みた。展開されたのは網。パスカルの行く手を直接阻もうとしたようだが。
「その程度で私は止まらない」
と、パスカルが小声で言ったかと思えば、網を分断するように障壁が展開された。瞬間、網のイデアは一瞬で破壊された。
戸惑うピンク髪の警備員。彼を押しのけるようにして前に出たのは眼鏡をかけた警備員で、すぐさま鉄パイプを手に取る。
対するパスカルも斧を手に取り、フルスイング。パスカルの怪力から繰り出される一撃は警備の者たちをなぎ倒した。
そうやってパスカルは塔を上り、ほどなくして最上階へ。
最上階には事前情報の通り、杏奈がとらわれていた。加えて彼女が脱獄しないように見張る者がひとり。パスカルも写真では見たことのある人物、クラース・クロル。クロル家残党にしてグレイヴワーム支部の副支部長。銀髪ではなく黒髪だったがためにクロル家の運営に関われなかった哀れな男だ。
「生きていたのね。あなたが行方不明だったとはミリアムから聞いていたけれど」
パスカルは言った。
「薄汚れたダンピールごときがボクにそんなことを言うのか……だいたい貴様らは存在してはいけない。存在するなら、ボクたちのゲームアニマルでいるべきなんだ」
クラースがそう言ったとき、すでに彼はイデアを展開していた。
その姿は異様。皮肉にも吸血鬼狩りの一族のクラースのイデアは血液。クラースはこれまでに殺した人間の血液を操る能力を持っていた。
「これだからクロル家は。あなた達の価値観もやり方も古いの、化石みたいに」
「はァ……!? よく言うな、ダンピール!」
と言って、クラースは両手に血の銃を持ったかと思えばパスカルにむけて発砲。明らかに普通の銃をこえた弾速だったが、血の銃弾はすべてパスカルの展開した障壁に阻まれた。
障壁の向こう側のパスカルは笑っていない。
「クソ! どうせその障壁は1方向しか張れないんだろう!」
激昂したクラースは血液のビジョンの展開範囲を広げて全方位からの攻撃を試みた。
パスカルは背後だけに障壁を展開し、残りは躱す。ダンピールの身体能力を頼りにクラースに接近し、斧の一振り。
クラースは血の銃で斧を受け止めるが、パスカルの怪力までは受けられず。斧を直接受けはしなくとも、吹っ飛ばされて壁に激突した。
追撃を試みるパスカル。だが、そんな彼女を襲うのは別方向からの血の炸裂弾。
「――パスカル! 後ろだっ!」




