12 快進撃を止める者
ホールへの道中、巡回していた構成員が立ちはだかった。だから殺した。
イデア界に到達したオリヴィア。その能力は強く、これまでに苦労していたであろう相手をほぼ瞬殺していた。だが、彼女の快進撃もここで一旦止まる。ある男が現れたのだ。
「やってくれたな、影使い。ヨーランはまだ大したことないと言ってたが……何かの間違いか?」
ストロベリーブロンドの美男子――アイヴァンがオリヴィアの前に立ちはだかる。オリヴィアは一目見ただけでその男が相当な使い手だとわかった。が、そんなことは関係ない。
「さあ。邪魔するならどんな権力者でも殺す」
オリヴィアの足元の影は今にも襲いかかりそう。下手な使い手なら一撃で命を持っていかれるだろう。
「ま、どうでもいいや。邪魔しに来たのはお前だろ」
先に動いたのはアイヴァンの方。彼の展開したイデアは球体に口がついたようなものが2つ。加えて、彼の口にも禍々しい牙が現れた。
「お前の能力もお前自身も食い尽くしてやるぜ」
と言うと、アイヴァンの展開した球体がオリヴィアへ向かって飛んでくる。
オリヴィアはひとまず影の刃で対処を考えた。
牙の生えた球体をそれぞれ6つの方向から狙う。狙って串刺しにする。
だが、球体は影の刃を食べた。食べられた影は霧散。球体はオリヴィアへと向かってきた。
「わかったよ、その能力。あなた、凄く悪食なのね」
と言って、オリヴィアは影の球体で自身を包み込んだ。
「悪食なだけじゃねえよ」
その言葉の直後、影の球体が破られる。
影の球体を破って牙の生えた球体がオリヴィアを包囲。
「いけ。ちなみに俺は、イデア能力者を食うと24時間だけその能力を使えるってわけだ」
と言って、不敵に笑うアイヴァン。
オリヴィアは何も答えることなく攻撃を躱す。球体たちの隙間を縫って影の刃を放つ。やみくもに攻撃したところでアイヴァンに攻撃は届かないだろう。
影の刃のうち、ひとつがアイヴァンへと向かう。するとアイヴァンは言う。
「おうおう、莫迦の一つ覚えってか?」
そう言ったアイヴァン。彼はオリヴィアの影を噛み千切り、咀嚼し、飲み込んだ。
「ちっ……」
「大した事ない相手とは思えねえ味だ。お前、さてはイデア界に到達しやがったな?」
と、アイヴァン。
気付かれた。ばれてしまえばオリヴィアはもう隠さない。
「下ろすよ。こいつを斃す。出来なきゃ無力化する」
オリヴィアの目つきが変わり、彼女の展開していたイデアの密度がけた違いに上昇。辺りに展開されていた影は、もはや沼か海のよう。
まずオリヴィアがやったのは自身の体内に影の一部を入れること。影を取り込んだオリヴィアは四肢の先が黒く染まり、顔はアンデッドかコープスペイントのようになる。
「へへ……少しは器用なこともできるじゃねえか」
アイヴァンの口角が上がる。
オリヴィアはアイヴァンの顔を見ることもせずに走り出し――彼に肉薄。恐ろしく速く、アイヴァンでさえもその速度には対応できていない。
オリヴィアの脚を狙った蹴り。アイヴァンは予想外の方向からの攻撃に対応できず、崩れ落ちる。
からの、影の刃による串刺し。アイヴァンは対応に遅れたが、牙の生えた球体が影をかみ砕く。が、これもブラフ。オリヴィアが再び肉薄し、今度は拳を叩き込む。
「がはっ……」
手ごたえあり。アイヴァンの表情からも、効いていることが読み取れる。
アイヴァンはのけぞりながら距離を取り、イデアを再展開。
「イデア界に到達したのがお前だけだと思うなよ……!」
アイヴァンは叫ぶ。
彼の展開したイデアは一見、先ほどまでと同じ。だが、決定的に違うのは彼の両手。アイヴァンの両手はオリヴィアの四肢と同じようにイデアの影響を受けている。黒い筋がいくつも浮き上がり、手からは牙が生えていた。
異形に片足を突っ込んだような姿を見てもオリヴィアは怯まなかった。
怯まずにアイヴァンの懐へと潜り込み、影と拳と蹴りを叩き込む。
対するアイヴァンは避けることなく応戦。影には球体を。拳と蹴りにはアイヴァン自身が応戦する。
オリヴィアの蹴りとアイヴァンの右手の掌がぶつかり合う。するとアイヴァンはにやりと笑った。
「いただくぜ、お前の肉体もよォ」
アイヴァンがそう言うと、彼の掌がオリヴィアの脚の肉を引きちぎる。影も剥がされ、彼女を守るものはなくなった。
ある程度は予想できても、対応しきれない痛み。
「ぅああああああぁぁああああっ!」
オリヴィアの悲鳴。
当然ながら彼女が悲鳴を上げたところでアイヴァンは攻撃の手を止めず、球体をオリヴィアに向けて放つ。
対応できなければやられる。オリヴィアは痛みの中、最大限のイデアを展開した。
どっとオリヴィアの足元から溢れ出るイデアの奔流。
アイヴァンはイデアの奔流を見て一瞬怯み――その一瞬がオリヴィアの反撃する隙となった。
奔流にまぎれてオリヴィアはアイヴァンの手から脱出。傷を負った右脚はつくりかえる能力で元通り。
「逃げやがったか……!」
と、アイヴァンの声がオリヴィアの耳に届く。
「逃げたんじゃない。反撃だよ」
影の奔流の中、オリヴィアは言った。




