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8 8月26日Ⅰ

 鮮血の夜明団本部には塔がある。堅牢な造りのその塔には捕らえられた者が閉じ込められている。つい先日極秘書庫で捕らえられた杏奈もそうだ。


「無様だね、神守支部長。ぼくたちの排除か屈服かは知らないけど、カナリス・ルートに何かしようというならここで死んでもらうよ」


 最上階の独房の中に杏奈は閉じ込められている。

 彼女に話しかけたのはヨーランだった。


「謀ったな……会議のときから狙っていたのか?」


 と、杏奈。


「違うよ。君の友人、初音さんの目をかいくぐるのには苦労したけど、春月で昴が殺されたときから君を亡き者にしようとは思っていた。君の協力がなければ昴もリュカもタスファイも死ななかった。君のせいだよ」


 口調こそ優しかったが彼の言葉は杏奈の心を刺してくる。


「ぼくは復讐にかられた哀れなイデア使い。手加減はできないだろうから、拷問はアイヴァンに任せるよ」


 と言って、ヨーランは最上階から階段で下へ。杏奈はヨーランの姿を黙って見ていることしかできなかった。

 そんなヨーランと入れ替わるようにアイヴァンがやってくる。

 クロックワイズ支部の支部長アイヴァン・テスター。ストロベリーブロンドの髪をした美男子で、相当なイデア使いだ。


「……ああ、来たか」


 杏奈はアイヴァンの姿を見るなり呟いた。


「なんだ、脱出しようとはしないのか。異世界に転移できる能力があるのなら使えばいいものを。それとも何だ?」


 と、アンヴァンは嫌味っぽく言う。


「どうせ私がそうすれば春月にお前たちの手の者を送るんだろう。見え透いているぞ」


 杏奈は言った。

 独房に閉じ込められた杏奈であるが、彼女の目から光は消えていない。


「はは、まさか。俺たちの方はアンジェラの娘に会員を殺され、準会員や後継者候補たちに裏切られ。人手不足なぐらいだ。それで春月を襲撃なんて夢のまた夢だろう」


「嘘だな」


 笑いながら自嘲気味に言うアイヴァン。だが、杏奈はすぐに嘘を見抜いた。

 神守杏奈に嘘は通用しない。


「魔境・春月を無礼るな。春月にはいかなる怪異にも吸血鬼にも対応できる猛者が揃っている。今のカナリス・ルートごときに崩せると思うなよ」


 杏奈はつづけた。

 檻の中とはいえ、杏奈の圧は変わらない。アイヴァンは杏奈の圧にやや押されていた。

 だが、アイヴァンは鍵を取り出して独房の鍵を開けて中に入る。


「そうだな。正攻法ではどうにもできないが……お前の息子さん。イデア使いとしては伸びしろがあるようだな」


 アイヴァンは独房に入ると言った。すると杏奈の顔色が変わる。


「待て……桃瑠に何をした……?」


「やはりお前の弱点は彼か。そうだな、守る者がいると強くなる人間と弱くなる人間がいるだろう。俺としては……お前は後者だと思う」


 アイヴァンは言った。


「ああ、そうだ。お前がイデアを使うと全身に耐えがたい痛みが走るようにこの空間を細工したぞ。やれるもんならやってみるといい」


 と言いながら、アイヴァンは杏奈に近づき。杏奈の手を取った。


「私は屈しない……死ぬのはお前だ、アイヴァン」


 杏奈はここでイデアを展開した。

 だが――イデアを展開した瞬間、杏奈の全身に痛みが走る。それでも杏奈は展開をやめない。


「教えてやろうか、私や零のような鳥亡村出身の一族はこの程度の痛みなど平気だ。見誤ったな、アイヴァン」


 と、杏奈は言ってアイヴァンの左頬に一撃。拳を叩き込まれたアイヴァンの顔は一瞬だが、歪む。


「はは……そうだったな。では趣向を変えよう。これからカナリス・ルートの手の者がお前の息子を殺しに行く。お前が鶴田組のやろうとしていることを話さなければな」


 痛みは決定打とはなり得ない。が、アイヴァンはそれを予期して別の切り札を用意していた。その切り札を前に、杏奈は屈することとなる。


「……いいだろう。だが、私を殺しても桃瑠だけは殺さないと約束しろ」


 杏奈は言った。




 時を同じくしてディレインの市街。

 セーフハウスではある程度のものを賄えるのだが、そうでないものはこうして買い出しに行かなくてはならない。というわけでオリヴィアは晃真とともに買い出しに出ていた。今はちょうどその帰り。2人は30人分の食材や生活資材をカートで持ち帰っていた。

 そのときまでは和やかな雰囲気だった。オリヴィアが追跡してくる者に気づくまでは。


「待って、わたし達つけられているかも」


 オリヴィアは言った。


「どうする……このままだとセーフハウスの場所がばれるぞ」


 と、晃真。


 今オリヴィアたちはディレインの市街地とセーフハウスのちょうど中間地点にいる。目的地を変更すればセーフハウスの場所がばれることはない。が、今は買い出しの帰りのうえ、ディレインの町に詳しくない2人。どこに戻るべきかもわからない。


「やあ、君が吸血鬼アンジェラ・ストラウスの娘かな?」


 2人が立ち止まってしばらくすると、2人の前に1人の男が現れた。ハットを被った亜麻色の髪の男だ。年齢としてはランスより少し年上くらい。30代前半くらいだろう。


「あなた、誰?」


 オリヴィアはその男を見るなり敵意のこめられた口調で言う。


「ヴァレリアン。ヴァレリアン・ドラガノフ、鮮血の夜明団パロ支部の支部長だよ」


 男はヴァレリアンと名乗った。

 口調こそ穏やかだが、彼自身の胡散臭さは一切隠せていない。


 オリヴィアは一瞬でヴァレリアンが敵だと確信した。


「鮮血……カナリス・ルートと蜜月のあそこね。だったら殺すしかないよね。わたし、鮮血の夜明団は敵だと――」


 オリヴィアが言い終わらないうちにもうひとりの乱入者があった。

 褐色肌に銀髪――ジダンだった。


 取引まで、あと1日。



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