3 8月22日Ⅲ
オリヴィアたちはパスカルとヒルダの待つセーフハウスに帰還した。こちらには何もなかったようで、2人はオリヴィアたちを笑顔で出迎えた。
「ただいま。晃真も連れて帰ってきたよ」
と、オリヴィア。
「わかるよ。本当によかった……!」
パスカルは言う。彼女の後ろにはヒルダもいた。
「戦ったりして疲れたでしょ? 今はゆっくり……」
「ゆっくりしてる暇はないよ」
と、オリヴィア。
「どういうこと?」
パスカルが尋ねる。するとオリヴィアはふたたびその口を開き。
「晃真が暁城塞に連れ去られたのは陽動。やつらの本命は鮮血の夜明団との取引だった。聞いた話が正しければ今ごろ鮮血の夜明団本部にカナリス・ルートの人が向かっているはず……」
焦りも含んだような声で言う。
パスカルは一瞬呆然とした表情を見せたが、すぐにオリヴィアの言うことを理解する。
「そこでカナリス・ルートの構成員を叩きたいって話ね」
パスカルはすぐにオリヴィアたちの意図を理解した。とはいえ、パスカルの中には無茶だと思う心情もあった。
仮に鮮血の夜明団がカナリス・ルート側であれば敵も増える。そういうことだ。
「間違いないよ。初音さんたちを敵に回しても今しかないから」
オリヴィアは言った。
「そう考えているのはオリヴィアだけ?」
パスカルは尋ねた。
「いいや。わたしだけじゃなくてキルスティもエミーリアも晃真もそのつもりだよ。今更復讐の手を止められないし、晃真を盾にされたし」
オリヴィアは答えた。
「エレインだけじゃねえ。カナリス・ルート全体が救いようのないクソッタレだ。私らの理由なんてそれで十分だ」
と、キルスティ。
彼女は過去をむやみに語らないが、一体何年カナリス・ルートを追い続けてきたんだと言わんばかりの勢いだ。
「そっか。私たちも腹を括らないとね」
パスカルは言う。
彼女が納得すれば話は早い。
一行はディレインまでの切符を購入し、旅の支度を整える。今回ばかりは邪魔が入らず、事は順調に進む。
留守番中、オリヴィアと晃真はふたりきりになった。暁城塞に突入して、晃真を救出してからしばらくは晃真とオリヴィア以外にも人がいた。ふたりきりになるのは久し振りだった。
「エレインのやつに暁城塞のことと、あいつの能力について聞いたときにはもう会えないと思った」
晃真は申し訳なさそうに重い口を開く。
「すまない、オリヴィア」
「いいよ。でも、これから……この戦いで死ぬことは許さないし、死んでもわたしを好きになって」
と、オリヴィア。
「ううん、死ぬことは許さないというか、死なせない」
オリヴィアの声はいつもの淡々とした声とは違って柔らかい。が、晃真に何かあればその柔らかい声も消えるだろう。
「ああ……」
と、晃真。さらにその後、「来世でもその次でもあんたを好きになるだろうな」と言いかけたが、そこに邪魔が入る。
インターホンが鳴った。
晃真が椅子から立ち上がり、来客に対応する。
「よお、フレンド。久し振りだな」
来客はジダンだった。いつものラフな服装と通じる部分はあるが、一見ではマルクト区の者だとはわからないような格好だ。
「ジダン! わざわざこんなところまで来てくれたんだな」
と、晃真。
「ランスが本部から呼び出された後にパンドラの箱が開くとか言っててな。解ってしまったことがあるからお前らの所に来たってわけだ」
ジダンは言った。
「なあ、千春やヴェロニカは知っているのか?」
「知ってるぞ。止められたがな、今回ばっかしはここに来る必要があった」
「どういうことだ?」
晃真が聞き返すと、ジダンは一度咳払いをする。
「一言で言えば危ない橋だな。鮮血の夜明団がやばい」
ジダンは言った。
「らしいな。俺もオリヴィアから聞いた。ジダンはどう思うんだ?」
と、晃真。
「思いの外カナリス・ルートとズブズブらしい。ただ、俺にも思うところがあってな。あのランスがなぜきな臭い呼び出しに応じたか……」
そこがジダンにとって引っ掛かるところだった。
彼もマルクト支部の者も、ランスのことは信頼していた。が、特にジダンは「そんなことはしない」と信頼していたランスの行動が理解できないでいた。理解できないというよりは疑問を抱かずにはいられなかったと言うべきか。
「見当はついているのか?」
と、晃真。
「いいや、全く。そんなときにカナリス・ルートとの取引について知って、お前たちに会って色々と聞こうと思ったわけだ」
ジダンは言った。
彼は普段の言動からは想像できないほどに頭が回る。今もそうだ。
「千春やヴェロニカは会長を嫌ってるが、俺は会長を信用している。あの人は世界を良い方向に持っていきたいんだろうな」
と続けるジダン。
「根拠は?」
尋ねたのはオリヴィア。
「千春と同じことを言うんだな。闇商売もせずにマルクト区に拠点を作るし俺たちやランスに、昔より真っ当に生きる道を教えてくれた。これで十分か?」
ジダンは答えた。
「なにそれ。パスカルみたい。パスカルは変な人だと思っていたけど、まさか同じことを考える人がいるなんて」
オリヴィアは少しだけ笑いながら言う。
もしかすると世界は捨てたものではないのかもしれない。
「ま、俺もディレインには行くつもりだ。共同戦線といこうぜ、フレンド」
「そうだな。頼んだぞ」




