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1 8月22日Ⅰ

 鮮血の夜明団の本拠地ディレイン。ヨーランは今日、その地に到着した。

 ディレインは山間部にある町。それだけあって、ディレインの町には一足先に秋の兆しがあった。


 と、ディレインの駅の外には1人の中年男性が待ち構えていた。彼のことはヨーランも知っている。


「いやあ、お早い到着ですね。朝はやはり冷えますでしょう?」


 声をかける事務員ジェイコブ。

 だが、ジェイコブの気遣いもヨーランとしては他人事のように感じていた。ヨーランには生きた人間のような五感がないのだ。


「どうも、ジェイコブ殿。この格好なのでね、さほど冷えませんよ」


 ヨーランは無難に返す。


「そうですか。では本部へどうぞ。いやあ、ヨーラン殿が来てくださるのは本当に心強いです」


 と、ジェイコブ。


 2人は会話を交わしながら本部の建物へ。

 これからディレインの地で大切な取引がある。ヨーランはトイフェルから取引の一部を任されている。




 ディレインの本部には鮮血の夜明団の重鎮たちが集まっていた。支部長たちに、各部門の顧問、監査官、暗部の構成員だっていた。それほど取引は大きなものだ。


「やあ、ナジュド。連続殺人事件の後処理はどうだ?」


 ヨーランは近くにいたナジュドに声をかけた。


「ようやく一段落ってところだな。いやあ、ソニアが色々とやってくれて助かるな!」


 ははは、と笑いながらナジュドは言う。

 ナジュドは事務仕事が苦手だ。それどころか戦闘以外のほとんどのことが苦手なのだが、人を見る目はあった。だから今のナジュドはこうしていられるのだろう。


「部下に仕事を投げすぎるのも程々に」


 と、ヨーラン。


「そうだな。本当は今回もソニアに任せたかったがそうもいかない。今回ばかりはきな臭いと感じたんだよ」


 と、ナジュド。


 ヨーランは一瞬だけ顔をひきつらせたが、すぐに平常心を取り戻す。


 ナジュドの目は節穴だ。特に大局を見ることと嘘を見破ることに関しては。ナジュド程度であれば騙し通せると踏んでいた。


「そうだね。きな臭い噂ならぼくも聞いている。まあ、うまくやるつもりだ」


 ヨーランはそう言って誰もいない休憩室へと向かった。


 休憩室には誰もいない。この時間はそれぞれの事務処理があるのだろう。支部長クラスや監査官なら暇なはずがない。むしろ暗部の方が暇というまである。


「さて。誰もいないか」


 と、ヨーラン。

 携帯端末を取り出してボス・トイフェルに電話をかけた。


 2コールでトイフェルが電話に出る。


「ぼくだよ。ヨーランだ。無事にディレイン入りした。これから鮮血の夜明団との打ち合わせだ」


 トイフェルが出るとヨーランは言う。


『なるほど、上手くいったか。ところでヨーラン。少し焦っていないか?』


 と、トイフェル。

 ある意味核心を突いたか、疑って鎌をかけたのか。ヨーランの背に冷や汗がにじむ。


「時間も限られているんだ。それに、会長と春月の支部長、タリスマンの支部長が鬼門だ。ぼくがいるからといって、油断はできない」


 ヨーランは答えた。


『神守杏奈か。リュカですら出し抜けなかったと聞いている。あの女に嘘は通用しないらしいな』


「ああ。沈黙は金とは言ったものだね。彼女には何も話さないつもりだ」


『頼んだぞ。私が到着するまでに手筈を整えてくれ』


 と、トイフェル。

 彼にそう言われればやるしかない、とヨーランは感じてしまう。構成員を殺され、後任の使命も追いつかない今、カナリス・ルートは風前の灯だった。今の状況ではレムリア大陸の秩序を保つこともままならない。カナリス・ルートの存続のためにはこの取引を必ず成功させなくてはならない。


「もちろん。ゲートが現れて、イデアが研究されて。秩序は乱れてきているんだ。だから、昔のように秩序を守らなくてはならないからね」


 ヨーランは言った。


『リュカやエレイン、モーゼス亡き今はお前が頼りだ』


「信頼してくれて何よりだ。5日後に会おう、ボス」


『ああ』


 トイフェルはそう言って電話を切った。

 電話が切れた後にヨーランは時計を見る。時間は正午の休憩時間。この時間であれば、だいたいの人は昼食を摂っているはずだ。が、半分死んでいる身であるヨーランには関係ない話だった。5年以上前にヨーランはまともに食事をとることもできない身体になってしまったのだ。


「あと2時間……案外時間があるものだな」


 余った時間をどうにかして潰したい。

 ヨーランは休憩室を出て本部に併設されている図書館へと向かった。


 ――本はいい。ぼくは眠れないから、夜の暇つぶしにもなる。


「おい、ヨーラン」


 ふと、ヨーランの背後から声がした。ヨーランはその声の主を知っている。


「エレナ?」


 シニヨンにした金髪に、黒とミントグリーンを基調にしたゴシックロリィタ。ヨーランと同じく暗部に所属するエレナだった。彼女とは服を送り合うような仲、ヨーランとしては暗部で最も親しい相手だ。


「久しぶりだな、ヨーラン。連絡がつかなくて何かあったかと思ったぜ」


「君がそう思ってもぼくはこの通り無事だよ。まあ、色々と野暮用があったんだ」


 ヨーランは答えた。


「野暮用、ねえ。あんたがやろうとしてることは知ってるけどさ、本当に何考えてんの」


 と、エレナ。


「言えない。こればかりは。ごめん、エレナ。悪いとは思っている」


 ヨーランはそう言ってエレナの前を去った。


 取引まで、あと5日。



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