30 浄化の炎
楽しい。
何かしら自分を上回る要素があって、自分と戦う気がある。そんな相手と戦うことを陽葵は楽しんでいた。
刀と剣がぶつかり合い、火花が飛んだ。陽葵が剣を振り払ってさらに斬撃。オルドリシュカは振り払われた反動を利用してかわす。
「いいね。正面から私を楽しませてくれる人ってそうはいないんだよね」
陽葵は言った。
「違いねー。だってアンタみたいな化け物を相手できる人とか見たことないし。アンタ、相当やるっしょ」
と、オルドリシュカ。
「どうだろう。君がそう見てるなら多分そうだろうね。でも、クラウディオには逃げられても君は逃げないでいてくれる」
そう言った直後、陽葵の一閃。オルドリシュカの腹と左腕に刀傷を入れた。が、オルドリシュカはその程度では怯まなかった。出血をものともせずに捨て身で陽葵に斬り込んできた。その姿は再生力を持つ吸血鬼を彷彿とさせる。
「ふんっ!」
ガキン、と金属音が響く。
オルドリシュカの一閃を陽葵が受け止めたのだ。
「何回か死んで強くはなってるみてーだ。でも、あーしには何か……」
ブツブツとオルドリシュカは呟く。
「そうだね、君は強いよ。鍛えればもっと強くなると思う」
オルドリシュカの独り言に気付き、陽葵は言う。
「敵に師匠面とか随分な余裕じゃん?」
と、オルドリシュカ。
そう言うと刀を薙ぎ払い、再び攻撃に移る。が、陽葵はその攻撃に自身の力を載せてオルドリシュカに返した。
オルドリシュカの全身が抉られる。
「まあまあ楽しかったよ。何より、逃げずに斬り合ってくれて嬉しかった」
と、陽葵。
彼女に斬られてオルドリシュカは床に崩れ落ちた。残るはエレインだけ。陽葵はエレインの方へ向き直った。
「残るは君だけだよね。逃げないでくれると嬉しいんだけど」
陽葵は言った。
「言いたいことはわかるわ。でもね、逃げることも戦略のひとつ。クラウディオもそのつもりだったはずね」
と、エレインは答えた。
「オリヴィアの出る幕がないくらいにしてあげる」
陽葵はそう言ってエレインに斬り込んだ。
鮮血が陽葵の刀を染める。確かに当たった――当たったが。陽葵はここで違和感に気付く。
人や吸血鬼を何人も斬ってきた陽葵には見た目から人を斬ったときの手応えを予想でき、それはほぼ的中する。が、今の手応えはエレインを斬った手応えとはかけ離れている。どちらかというと鍛え上げた肉体を持つ男を斬った手応えに近い。
「恨みを買うわよ、霧生陽葵」
別の方向からの声。
「――違う! そいつはエレインじゃない!」
鉄薔薇の間からも声。リンジーの声だとはわかる。
「は……」
陽葵は今斬った対象に目をやった。
斬ったのはエレインではない。晃真だ。両手に枷をつけられ、イデアさえ封じられて無抵抗な彼を陽葵は斬った。恨みを買うという意味も理解した。
「陽葵さ……ん……!?」
斬られてのけぞる晃真。呆然と立ち尽くす陽葵。
刀を持つ手は震えていた。
「エレインっ……! いつからこんなことを!」
陽葵は言う。
「いつから。いつから、ねえ。あえて言うわ。
最初からよ」
と、エレインは表情ひとつ変えずに答えた。
陽葵は油断していた。エレインの術中にはまっていないと勘違いし、結果として晃真を斬った。
「ふざけないで。そんな真似、私が許さないよ」
と、陽葵。
彼女の背には翼が。右手に持った刀には炎が。陽葵はイデアを展開した。そんな陽葵の姿を前にしてもエレインは動じない。
「燃やすの? この城塞ごと? そうすれば私は殺せるでしょうね。でも、あなたの仲間も死ぬことになるわよ」
エレインは薄ら笑いを浮かべながら言った。
「……浄化してやる。清き炎で浄化してやる」
陽葵が絞り出した言葉はこれだった。
彼女が言うようにその炎には神々しい気配があった。
陽葵はこの空間に火を放った。
「なにこれ!? 急に荊を拒絶されたんだけど!」
陽葵がイデアの炎を放ったのとほぼ同じとき。リンジーは狼狽した。
「何があったの? わたし、止められてるからここにいるんだけど」
リンジーが言うと今度はオリヴィア。陽葵が奥へ向かった少し後にイリスとともに鉄薔薇の間に到着した。
「さあ。ただ、エレインの術中じゃなかったはずの陽葵も気が付いたらエレインにはめられていた。陽葵はどうにかなるかもしれないけど、このままだと晃真が……」
と、リンジー。
オリヴィアはすぐに奥へ向かおうとしたが、止めた者がひとり。
「ねえ、エレインの能力の影響があるのに飛び込んでいくの?」
そう言ったのはイリス。イリスとしては被害を出さないために考えてのことだったが。
「止めるの? もし邪魔するならあなたも殺す」
と、オリヴィア。
少し前に、共にここにたどり着いた2人の間に険悪な空気が立ち込める。オリヴィアはイデアを展開、いつでもイリスを殺しにかかれる様子だった。
「イデア能力で僕を殺せるとでも? 少なくとも今の僕には効かないよ。ジェイドのおかげでね」
イリスが言った。
「あー、悪いね。割り込んで。てことは、ジェイドの手を借りれば私らはエレインの術中にははまらない。それでいいか?」
口を挟んだのはキルスティ。オリヴィアもイリスもキルスティを見て。
「察しがよくて助かる。ジェイドも暁城塞に来てるから、彼女を待った方が――」
と言いかけて、イリスは奥側を見る。奥からよく知った気配が近付いてくるのだ。
「……ごめん」
陽葵だ。
陽葵は血を流した晃真を抱き抱えて戻ってきた。その表情は暗く、自責の念に苛まれているようでもあった。




