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27 荊と触手

 刃を突きつけられること、銃口を向けられることくらいはリンジーも覚悟していた。


「じゃ、問答無用ってことでいいね?」


 リンジーもそう言い、部屋全体に荊のイデアを張り巡らせた。これでこの空間ではリンジーが上手く立ち回ることができる。リンジーはヴィルホの足元から荊を伸ばし、拘束しようとした。

 だが、ヴィルホはするりと荊を躱し、空中でイデアを展開。それは桃色の触手の見た目をとっていた。


「僕と似たタイプかな?」


 ヴィルホが一言。彼の言葉を聞いてリンジーの頭に、嫌な予感がよぎる。本能的に、この触手がリンジーの荊と相性が悪いことを察した。が、それではもう遅い。荊がリンジーのいうことを聞かない。荊がリンジーに襲い掛かって来た。


「は……!?」


 リンジーはどうにか荊を蹴り飛ばすが、そうしても別の方向から荊は襲い来る。さらに別の方向の荊を操作しようとしても、荊はびくとも動かない。


「動かそうとしても無駄だ。君の荊はすでに僕の支配下にある」


 ヴィルホは言った。

 直後、今度はリンジーがしたようにヴィルホが荊を動かした。リンジーの足元からリンジーの身体に絡みつくように。


 リンジーは飛びあがり、一度展開したイデアを消そうとした。

 展開した荊のイデアの8割は消えたが、問題はその残り。触手の絡みついた荊だけは消すことさえもかなわない。

 今はとにかく残った荊から距離を取るしかない。焦る気持ちを抑え、部屋の端に着地する。


「支配下って。どうやって対処するってんの……!」


 リンジーは呟いた。


「そんなことを僕が教えると思うかな? 展開範囲が広いことが仇となったな」


 イデアは完全に封じられた。展開したところで支配権を奪われることは目に見えている。ならば、リンジーのやることはひとつ。リンジーはヴィルホに飛び蹴りをくらわせるふりをして、彼の左側を走り抜ける。

 逃走だ。リンジーはこれまでの人生で、逃げることは悪い事でも卑怯なことでもないと教えられた。だからヴィルホを無視して先に進むことにした。

 だが。


「逃げるなよ。君程度の人間がエレイン様の前に出られるわけがない」

「え」


 うまくいった、とリンジーが確信したときだ。彼女の右脚に触手が絡みつき、空中に吊り上げた。


「さて、エレイン様の前に君の首を転がしてやる約束をしていたのでね」


 と言って、ヴィルホは銀の銃を置くと壁に立てかけてあった鉈を手に取った。

 その鉈は鋭く、刃は厚い。まるで人の首を落とすために造られたものであるかのようだ。


「せっかく銃を持ってるのに、使わないのね」


 リンジーは言った。


「ああ……眉間を撃ち抜いては可愛らしい顔が台無しじゃないか。エレイン様は可愛い女の子が好きなのでね。傷は首だけにとどめておきたい」


 ヴィルホは答えた。

 彼の言葉で、リンジーはこの上ない気持ち悪さを感じた。触手もそうだが、エレインの好みとヴィルホの考えに。整った顔のリンジーの首をエレインへの手土産にしようとしたところに。


 リンジーはついかっとなり、イデアを展開。支配権を奪われる可能性をわかっていながらも荊でヴィルホを攻撃しようとした。


「神経を逆撫でしてしまったかな?」


 と、ヴィルホ。

 それと同時に展開した荊がリンジーの身体に絡みつく。その荊はリンジーのイデアを確実に封じ込めた。


「忘れてた……あんたの能力とあたしの能力は、相性が悪い」


 リンジーは呟いた。

 そう言ったところでもう何の意味もない。拘束されてイデアまで封じられたリンジーは死あるいは増援を待つことしかできなかった。いや、できることはある。リンジーはオリヴィアの身に起きた出来事を思い出した。


 ――イデア界への到達。あの場で倒れたオリヴィアはやってのけたんだから、あたしだってできるよね?


 リンジーは目を閉じる。オリヴィアが言うには、イデア界の到達には意識を手放すことが必要らしい。


 ――あたしなら、できる。短い時間だけど。


 未展開のイデアの調節で意図的に意識を飛ばす。

 リンジーが意識を失うと、目の前には黒い空間が広がっていた。空間は無か混沌に近い。辺りの様子を確認してみれば、壁らしき場所に影絵のようなものが投影されていた。

 それは、宙づりにされて拘束されたリンジーそっくりの女。いや、髪型や服装、体型からその姿はリンジーそのものらしい。


「違う……オリヴィアの言っていたイデア界じゃない。本当のイデア界は、何かがあるはず。ここは何!?」


 リンジーは叫ぶ。が、答えはない。当然だ。ここにはリンジー以外の存在はない。


「――まあいいか。悲鳴がない分やりやすい」


 ここでリンジーの耳にヴィルホの声が入る。

 影絵劇の方を見てみれば、リンジーの前に鉈を持ったヴィルホの影が。ヴィルホは鉈を構え、リンジーの首を落とそうとしていた。


「あ……駄目……そんなことをしたら、あたしは死んでしまう……」


 リンジーは言う。が、イデア界とも現実世界ともとれない場所で言葉を発しようともヴィルホにその声は届かない。

 リンジーに待っているのは死。覚醒できない今、もはやリンジーに未来などなかった。


 だが、その絶望を破る者が2人。


「こりゃ、どういう冗談だ? その荊はリンジーの能力なのに、捕まっているのがリンジー」



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