13 オリヴィアの夢
『いいから早く戻ってくるんだよ』
電話口でエミーリアがそう言うと、アナベルは難しそうな顔をした。
ここ、タスファイに襲撃を受けた場所まで戻って来ていたアナベル。彼女はオリヴィアもタスファイもいないことに気づき、不審に思って電話した。そうして今に至る。
「わかったよ。で、オリヴィアはそっちにいるということで」
『そうだよ。キルスティの治療を受けて今は安静にしている』
「ならよかった」
そう言ってアナベルは電話を切ると、エミーリアたちが本拠地としているカフェに向かった。
「殺しなさい。私たちがどういった存在なのか、わかってるの?」
わたしの知っているロム姉はこんなことを言っていたっけ?
今、ロム姉は私にそんなことを言った。
わたしが殺すことを教えられてきたことは合っている。それに、わたしに生きることを教えてくれたのはロム姉。だって、そうでしょ?
「わかってる。生きることは殺すこと、でしょ?」
わたしはただ、そう答える。
「そう。生きることは殺すこと。私たちダンピールは人間にも吸血鬼にもなれなかった哀れな存在ということになっているし、どちらにも疎まれている」
ロム姉は言った。
「吸血鬼から見てもそう。私たちは、ダンピールは例外なく吸血鬼を殺す手段を身に着ける才能がある。だから吸血鬼に疎まれる。かといって、人間の方でも。人間というのはね、少しでも異質なものを嫌う。私たちだって人間と見た目こそ同じだけれど、人間をひねりつぶす力だって持っている。殺すことなんてわけないの。そんなのがいてみれば、人間は恐れるしかない。彼らが考えていることは――」
人間は必ずしも食物連鎖の頂点にいなければ安心しない。食物連鎖の頂点に立ちうる者は排除する。それが吸血鬼でも、魔族でも、別に血を飲まなくても生きられるダンピールでも。異質なものだし、権威を脅かすものだから。
「頂点にいなければ不安」
わたしの答えはこう。
「よくわかってるじゃない。それだと、鮮血の夜明団がなぜ吸血鬼を殺すかもわかるでしょ?」
ロム姉はさらに言う。
……そういえば、この光景は見たことある。
この光景は、わたしの12歳の誕生日。はじめて刃物を持って、人を殺したんだっけ。多分、その前の光景? だとしたら、わたしは『鮮血の夜明団』を知らない……?
「表向きには秩序を守るため」
私はこう答えた。これは、6年前とは違う。わたしは、物事の裏まで見ようとするようになったから。
「表向きにはね。でも、本当は……わかるでしょ? 人間が吸血鬼を恐れるからよ。吸血鬼なんてね、輸血パックさえあれば生きられるの。それでも人間は吸血鬼に歩み寄ろうとしない。なぜ? 人間が頂点でいることを脅かすし、それを恐れているそれだから鮮血の夜明団なんてものが今でも続いている」
ロム姉はそう言った。
……あれ? 6年前と違う?
わたしが覚えた違和感。6年前にロム姉が言ったことは覚えていないにしても、たしかこんなことじゃなかった。もっと違うことだった。けれど、その内容は何?
「そうなんだ……わたしの母親もその人たちに殺されたんだ……」
「そこは、まあ……否定はしない。けれど、あなたの知るべきことじゃない。まだあなたは知らなくていいの」
ロム姉は優しい顔を向けてくれた。けれど、わたしには気になることがある。
わたしに手を貸してくれた人は鮮血の夜明団のメンバーだと言っていた。彼は、ヨーランは「鮮血の夜明団は困っている者を基本的に見捨てない」と言っていた。
どうしてもそこが引っ掛かる。
「じゃあ、鮮血の夜明団が人助けすることについてはどうなの。わたしにも手を差し伸べてくれたけど」
「あなたに恩を売って利用するため。ダンピールは基本的に人間よりスペックが高いし、利用できると考える人だっているはず。だからあなたに近づこうとする人もいるの」
と、ロム姉は即答した。
そっか、ロム姉はそう思うんだ。だったら、やっぱりヨーランは。
「あはは……やっぱり手を差し伸べてくれる人なんていないんだ。そういう考えなしに助けてくれるのって……」
「ええ、私くらいのもの。■■■■もシュネーも、私がいなければどうなっていたことか。私はね、鮮血の夜明団すら手を差し伸べない者たちを救うつもり。だから、彼らを虐げる者は誰だろうが殺すつもりでいる。ついて来れなければ早く言いなさい」
ロム姉は笑顔でそう言った。
その言葉の裏にあるものなんてわからない。だけれど、ロム姉の近くにいればわたしは多分安心だと思う。わたしはそこから、完全にロムにいろいろなものを委ねたんだ。
『おい、戻ってくるんだ』
ふと、わたしの中に声が響いた。
……誰?
『戻っておいでよ。私たちの旅はまだ終わっていないじゃないか』
この声は――




