24 非力な科学者
「そうだね、見えるね。見えていないのはエレインの仕業かな?」
冷徹なジェイドの声。右手には銃。その銃口は赤毛の男――フォンシエの方を向いていた。
「エレインの能力が破られた、なんて思っているかもしれないが、大丈夫。事前情報があればそれに対応した準備くらいしてくる。誰だってそうだよ」
ジェイドは付け加えた。
彼としてはフォンシエを煽ったつもりなどなかった。だが。
「ジェイド・ペイジ……君も底が見えない人間だな」
と、フォンシエ。彼は両手に注射器を持ち、ジェイドの懐へと飛び込む。今のフォンシエにとって、ゼクスなど放っておいても良い相手だ。
「短気だね。研究者としては致命的だよ。君がそうかどうかは知らないが」
ジェイドは言った。直後、彼の後ろから抜けてフォンシエに突っ込むゼクス。注射器がゼクスの方を向けば即座に距離を取る。だが。
「クソ……融合しろ! 城塞と融合すれば僕の勝ちだ!」
フォンシエは注射器から紫の液体を放ち、言った。紫の液体はゼクスとジェイドを襲うが。
「させないよ」
紫の液体が降りかかりそうになったとき、ジェイドが発砲した。その弾丸は空中で炸裂。光が広がって、紫の液体と注射器をかき消した。フォンシエは注射器を展開し直そうとしたが、意味はない。その光は炸裂弾と似ている。
「炸裂弾みてえだな……」
ゼクスは呟いた。
そんな彼の目の前で、ジェイドは銃から白い塊に持ちかえる。直後、白い塊から無数の糸が放たれてフォンシエを拘束した。
「野郎……! 何をした!」
と、フォンシエ。
脱出しようにも糸は固い。加えてイデア――紫の液体の入った注射器も展開できない。
「あー、駄目駄目。まだ勝ってないんだからネタばらしなんてできないよ」
ジェイドは言った。
その手にあるのは、白い塊の中にあった物体。ジェイドが次に何かしようとしているのは明白だった。とはいえ、フォンシエは今何もできない。
「……まあ、投薬できた頃ではあるんだけど。私が言えるのはここまで」
と、ジェイド。
その一言でフォンシエは青ざめた。青ざめたところでもう遅いのだが。
「ゼクス君。そいつを担いで。今からそいつの研究室を見学してから抜け道を通ってエレインのところに行く」
ジェイドは言った。
「……俺だって時間が惜しい。研究室見学なんて」
「いいのかな? エレインの術中で君の目になれる私がいなくて」
ゼクスが断ろうとすると、ジェイドはその言葉を遮った。ジェイドの言葉は脅しにも近い。見ているものが真実なのかもわからない中で彼がいなければエレインのもとにたどり着くこともできないだろう。
「クソ……わかったよ。手早く頼むぜ」
と、ゼクス。
「ははは、善処しよう。ババアだから色々とゆっくりしてしまうのさ」
「ババアとか気軽に口にする言葉じゃねえ……うん? お前、女か?」
今ゼクスは気付く。
確かに中性的な声だった。顔も中性的で、身体も華奢に見えた。が、それだけではどうにも気づけなかった。
「そうだよ。75歳でダンピール、正真正銘のおばあちゃんだね。そもそもダンピールは女しか生きて生まれてこない。例外なく、ね」
ジェイドは答えた。
「……調子が狂う。女性には優しくするもんだと聞いたからな、付き合おうじゃねえか」
「じゃあ、行こうか。そいつがゲートの研究をしていると聞いて俄然興味がわいた。大物の予感がするよ」
そうして会話を交わした後、2人は歯医者に入る。
フォンシエの歯医者は一見普通の歯医者のようだったが、診察室の裏側に隠し扉があった。それだけではない。隠し扉から、隠せない妙な空気が漏れ出ていた。
「ねえ、科学者くん。この扉の向こうには何があるのかな?」
ジェイドはからかうようにして、担がれたフォンシエに問いかける。が、フォンシエは何も答えない。フォンシエは生きてこそいるが、その精神は投薬によって強制的に崩壊させられた。フォンシエの視線はもはや定まっておらず、科学者としての顔の面影はない。
「お前……ずいぶんをえげつねえことをするな。悪い事だとは言わねえが」
と、ゼクス。
「ごめんね、ゼクス君。私は戦いでは弱者だから弱者なりの戦い方しかできないんだよ。私は戦士にはなれないんだ」
ジェイドはそう言いながらピッキングし、扉を開ける。
扉の先にあったのは、ゲートだった。
今やレムリア大陸政府や治安維持組織の働きかけでゲートは閉じられていく一方だが、こうして残っているゲートだって少ないながら存在している。加えてここ、暁城塞はレムリア大陸政府の手も届かない。だからこそゲートは残っており、こうして研究者が確保しているようだ。
「実物を見るのは10年ぶりかな。いやあ、まるでわからないことが多いんだよ。調べれば調べるほど謎が出てくる」
ジェイドは言った。心なしか彼女の声には興奮が混じっていた。
「そういえば、ゲートからイデア空間に侵入できるってのは知ってんのか?」
と、ゼクス。
「やはりか。仮説として考えてはいたんだ……考えてはいたんだが、裏がとれなかった。それができる人がいるというのかい?」
「ああ、いるぜ。今頃、この城塞の別ルートから抜け道にでも入ったんじゃねえか?」
ゼクスは答えた。
「ぜひお目にかかりたいねえ」




