23 天照の援軍
キルスティは背後を見ずに走り抜けた。
その姿を見て、ひとりの男が黒龍の前に立ち塞がる。
「何すか、お前は」
と、黒龍。
「蒼倫の仲間だ。まー、ちょっとした理由があって助けに来るのは今になったんだがな」
黒龍の前に現れた男は言った。彼は身長こそ黒龍より低いが、がっちりとした体格で一目見ただけでも強そうだとわかる。その癖、顔は整っている。
「名乗れと言ってんすよ。俺はエレイン様の第一の部下、黒龍――」
「知ってるさ。レフ=狩村。おれの名前だ」
と言って鉈を片手に突進するレフ。黒龍は待ってましたとばかりにイデアを展開したが――彼の思うようなことにはなっていない。
「効いてない……だと……っ!?」
間一髪で避けた。とはいえ、レフに能力が効かなかったこと、レフの強力な一撃に怯み、黒龍は一気に劣勢に追い込まれることとなる。
「焦っているらしいな! そうだろう、蒼倫の次におれだからな!」
叩き割るような一撃。そのたびに黒龍はかわしてイデアを展開し直すもやはり上手くことは進まない。
黒龍の能力が効かないことには理由があった。レフは外部からのイデア能力の効力を削ぐ服を着ていた。だから黒龍には効いていない。
「……ジェイドには感謝しないとな」
レフはそう呟き、一閃。その膂力から繰り出される一撃は抜け道の壁をも砕き、ぶち抜いた。
「ひっ……」
黒龍は声を漏らす。もはや勝敗は決したようなものだ。
「迷っているのかな?」
その背後からの声に気付いたのはゼクス。振り向きざまに口を開き。
「誰だ、てめぇ。返答次第では殺すぜ」
殺意のこもった声を発した。
「この城塞をエレインから解放したい狂気の科学者、かな。聞く限りでは君たちの敵ではないよ」
「敵じゃねえだと? じゃあ何だ?」
「導き手だよ。ほーら、人畜無害そうだろう?」
その声とともに、眼鏡をかけた中性的な――青年にも女性にも見える人物が現れる。
イデアは展開していない。今のところ武器も持っていない。全身凶器のような武術家であれば別だが、大抵の丸腰の相手ならゼクスの敵ではない。
「ああ、そうだな。味方なら味方だと言えば良いのに回りくどい言い方だ」
と、ゼクス。
「言ってくれる。今の私が人畜無害なのは本当のことだしエレインの術中にもはまっていない。準備して作戦に当たっているのでね」
「何だと?」
ゼクスは聞き返した。
「研究の成果さ。イデアを無効化する装備品で、危険な能力にも対象できるようにってね」
その人物は言った。
ゼクスにはその人物のしたことこそわかったが、その意図が読めない。
「それは分かったぜ。分かった上でもう一度聞く。てめぇは誰だ?」
ゼクスは再び尋ねる。
「ジェイド・ペイジ。天照でイデアの研究をしている、しがない研究者さ」
その者の名前はジェイドというらしい。
闇の中から現れたジェイドはどうも胡散臭さを感じさせる。ゼクスは信じるかどうか迷っていたが。
「あまりに胡散臭いなら信じなくて良いさ。ま、私はエレインの能力を受けずに先に進める。どうするかは君が決めれば良い」
ゼクスの心中を見透かしたかのようにジェイドは言った。
「調子を狂わせる野郎だ。行くぜ、ジェイド。俺も進まねえといけねえ」
「その意気だよ。最短ルートで行こう」
と、ジェイド。
2人は階段を上って先へ。その道中でゼクスはメッセージを受け取った。リンジーからだ。ゼクスは立ち止まり、メッセージの内容を確認する。
「この城塞には抜け道があるらしい。暁城塞の歯医者が抜け道の入り口だと」
ゼクスは言った。
「有益な情報じゃないか。見張りはどうなんだい?」
聞き返すジェイド。やはり彼は頭が切れる。というよりは、最悪の可能性を探っているよう見えた。
「オリヴィアが見張りと戦ったらしい。まあ、見張りくらいはいるだろうな」
ゼクスは答えた。
「なるほど。手札は揃えてきたつもりだったが底の見えない場所だね」
「魔境だぜ。そんなに底は浅くねえよ」
「違いない。で、できることなら……」
ジェイドは立ち止まる。
「何かあるのか?」
と、ゼクス。
「妙な気配だ。確かにイデア使いのようだけど……」
ジェイドは口ごもる。
彼に言われるまでゼクスは何も気付かなかった。何も分からずに先へ進むところだった。
一方のジェイドは行く先に銃を向けた。
「出ておいで、見張りくん。大方、抜け道兼研究室や研究材料の保管庫を壊されたくないんだろう。私だって嫌だ、そういうのは」
ジェイドは言った。
「出てこいと言われて誰が出ていく? 戦術がまるわかりだぞ」
返ってきたのは男の声。
それは確かにゼクスにも聞こえており。
「ジェイド……てめぇが何て言おうが俺がいく」
と言い、ジェイドの答えも待たずに突っ込むゼクス。それに反応したかのように現れる赤毛の男。赤毛の男に斬り込むゼクス。
「おおっと。血の気が多いことだ」
赤毛の男はゼクスのコンバットナイフをペンで受け止めた。瞬間、コンバットナイフはペンと融合し、刃は潰れる。
「何だ……これは」
と、ゼクス。
「見えていないのかい? いや、見るのを怠ったのかな? ここにあるだろう」
ゼクスにはそれが見えなかった。が、彼の後ろにいたジェイドには見えていた。
「そうだね、見えるね。見えていないのはエレインの仕業かな?」
と、ジェイドは銃口を向けながら言った。




