22 因縁の相手
「近いね。これは間違いなくエレインだよ」
抜け道の階段を上りながら蒼は言った。
今キルスティと蒼がいるのは暁城塞の抜け道。迷宮の女王といえど、エレインでも迷うときは迷う。正しい道を選ぶ能力があれば迷わないが、エレインはそうでもないのだろう。
「そうか? 特徴のない気配だが」
と、キルスティ。
「人混みにいればばれないだろうね。でも僕は覚えているよ……」
蒼は答えた。
どうにも過去に何かあったようだが、蒼は肝心なことを話さない。その時が来たら話すとのことだが――
キルスティは左斜め後ろからの殺気を感じ、飛び退いた。
「あー、隠したつもりなんすけど。そんなにだだもれだったっすかねー」
靡く紫髪、鈍く光るナイフ。
蒼はそれを見て「まさか」と思った。
「殺気がだだもれだ。エレインとやらの方がよっぽど上手く隠せてる」
キルスティは言った。
「へへ、敵からもエレイン様は大層な評価っすか」
紫髪の男がそう言ったとき、キルスティは初めて男の全貌を見た。
まずは長身で細身の身体。あのタスファイよりも身長は高いらしく、2メートルは越えていそうだった。次に紫髪と眼鏡。目は切れ長で全体的にシャープな印象だ。
「エレインの手の者……なるほど、理解した」
と、キルスティ。
紫髪の男――黒龍はキルスティが危険だと判断し、彼女を無力化せんとイデアを展開。それは青い粉だった。
キルスティはその一手を読んでいたかのように粉を回避。黒龍の首を狙った。
「お前は殺してもいい人間だと判断したぜ」
キルスティは囁き、一閃。当たれば死ぬその一撃は見事にかわされ。
「そいつの姿を見て少しは警戒してほしいっすねえ。なんでそいつが子供の姿なのか考えてさ」
黒龍は言う。そのときには青い粉がキルスティに降りかかろうとしていた。キルスティは咄嗟の判断で炸裂弾を放った。
粉が降りかかったのと炸裂弾の閃光はほぼ同時。だが、閃光弾により青い粉は跡形もなく消えた。
「警戒……わかるがなぜ蒼が?」
と、キルスティ。
「ここからは僕がよく知っているから。大丈夫、今度はうまくやる」
この声は少年の声ではない。
閃光が晴れたとき、そこにはこれまでの蒼はいなかった。が、キルスティの前には蒼に似た、蒼が成長した姿のような青年がいた。
「おかえり、夏蒼倫。できれば戻ってきてほしくなかったんすけど」
黒龍は言った。
「でも残念ながら僕は戻ってきた。偶然、紅い塊を持っていたからね。吸血鬼として生き延びることができた……残り3分ってところか」
と、蒼倫。
蒼だったときのように、その瞳は紅い。紅い瞳は紛れもない吸血鬼の証。蒼倫は吸血鬼であるだけでなく、黒龍の力を受ける前の能力も取り戻していた。
蒼倫は黒龍に肉薄し、蹴りを繰り出す。
「ちっ……」
受け流す黒龍。が、蒼倫は攻撃の手を緩めない。武器を持っていなくとも、蒼倫は全身が凶器のよう。ナイフ術のように手刀を繰り出し、黒龍に畳み掛ける。
「恨みはもうないけど、白瀬会長の頼みだ。死んでくれ」
蒼倫はのけぞった黒龍に言う。
そこには明確な殺意があった。加えて、白瀬会長という言葉。キルスティは脳内で蒼倫や黒龍の関係を整理した。
「……蒼倫。あんた、天照の人間だったか?」
キルスティは呟いた。もちろん彼女の声は蒼倫には届かない。
蒼倫は体勢を立て直す黒龍を前にしてイデアを展開。それは結晶でできた翼のような形を取った。イデアの展開を確認した蒼倫は、黒龍に肉薄。
「砕け散れっ!」
翼がナイフに触れたと思えば、ナイフは粉々に砕け散った。破片はまるでガラスのよう。それが蒼倫の能力だった。
黒龍は焦りつつも蒼倫と距離を取り、呟いた。
「チッ……厄介なんすよねえ……武器を露骨にメタってくる能力。腹立つっすよ……あーでも、時間さえ……」
そう、時間。
時間がこの戦いの鍵を握る。蒼倫はイデアを1日にトータルで30分だけ展開できる。長く展開すればいずれ限界が来るわけだ。が、黒龍はイデアをかき消されてから3分は再展開できない。だから黒龍は時間をかせぐ。
近づこうとする蒼倫に、距離を取り受け流す黒龍。そうしているうちに、黒龍はイデアを再展開。
「時間切れっすよ。残念っした」
と黒龍。どうやら3分経ったらしい。
青い粉を受けた蒼倫は再び子供の姿に戻され――展開していたイデアも消えた。
「……炸裂弾も尽きた。今度はこっちが追い込まれたか」
と、キルスティ。
せめて炸裂弾があればまた違う。いや、キルスティの反射神経ならば避けることはできる。決定打に結び付かないだけだ。
「キルスティ! 僕のことはいい! 先に行ってくれ!」
蒼――蒼倫が叫ぶ。
が、見捨てろと言われたところでキルスティが見捨てるわけがない。追い込まれても彼女は彼女。
「やなこった。その代わり……あんたも連れていくぜ」
「わわっ!?」
キルスティは蒼倫をひょいと抱え、ダッシュ。黒龍が青い粉を操作しても追い付けない。加えてだ。ここに増援があった。
「蒼倫。これ以上はおれに任せておけ」




