17 迷宮の女王の城
暁城塞の南東部。建物を組み合わせて作られた城塞としては異質な場所があった。その階層は中層くらいだろうか。
異質な場所はバーのようでありながら端末がいくつも置かれており、奥の方には休憩スペースのようなものがあった。休憩スペースの近くの椅子。そこには銀髪の女がいる。
「……予想通り来たのね。いえ、リンジーや第1世代クローンまで来るとは思わなかったけれど」
銀髪の女は言った。彼女の名はエレイン。迷宮・暁城塞の女王と言っても過言ではない。
そんな彼女の後ろ、堅牢な金属の檻の中には拘束された晃真が囚われている。
「ま、ちゃんと来てくれるような単純でクソ真面目な連中っつーことでいいじゃないっすか。ねえ、エレイン様」
紫色の髪の眼鏡をかけた青年が言った。
「そうね、黒龍。今私たちは敵襲を受けている。けれど、私の能力にかかってしまえばここにたどり着くこともできないでしょう。ねえ、晃真くん。貴男を助けに来た味方がここにたどり着けず、死んでいくのを感じるのはどんな気分?」
と、エレイン。
「オリヴィアが簡単に死ぬとでも思っているのか? ロムに処理されそうになって生還したあのオリヴィアが、だぞ。俺はそうは思わない。オリヴィアは必ず……」
ここで晃真は言葉を切った。
晃真は暁城塞の造りを知らない。アポロとヨーランの手で棺ごとここに運び込まれ、この部屋で解放された。それからはずっと檻の中。悪趣味な服を着せられ、イデアを封じる枷をつけられて、ずっとこのままだ。
「まあ、安心するといい。暁城塞でエレイン様が能力を使えば、だいたいはたどり着くこともかなわない。エレイン様に媚びれば解放してもらえるチャンスくらいはあるかもしれないよ」
今度はエレインの背後にいた青年が言う。
「口を慎みなさい、ヴィルホ。言うことがいちいち下品なのよ。正論ではあるけれど」
と、エレイン。
「エレイン様がそうおっしゃるなら。ところで……ヴァリオの気配が消えたようだよ。どうする?」
ヴィルホと呼ばれた桃色の髪の青年は言う。
イデア使いの気配が消えることは隠密か死を意味する。これまでヴィルホはヴァリオが戦っている気配を感じてはいたが、それ以上の気配が現れた少し後にヴァリオの気配が消えた。
「僕としてはヴァリオの敵討ちを提案したい。そこでオリヴィアたちが死ぬのなら狙い通り……それに、ヴァリオは大切な弟だ」
と、ヴィルホはつづけた。
「まだよ」
エレインはそれだけを淡々とした声で言った。
「感情に流されないで。感情はこちらが揺さぶるものであって、こちらの感情が揺さぶられるべきではないの。常に冷静でいなさい」
エレインの答えはこれだ。
黒龍も納得している様子だったが、ヴィルホについてはそうでもない。ヴァリオの死で動揺している部分もある。
「僕たち……セランネは3人でひとつなんだ。ヴァリオが死んで仇も討てないと、ヴァルトに顔向けできないだろう……」
「ここで一番大切なのは誰?」
心情を口にするヴィルホに、エレインは問いかける。それは半ば脅しのようでもあり、エレインとしての答えはただひとつ。
エレインの気迫はすさまじい。尋ねたヴィルホだけでなく、黒龍までも怯ませるほど。
「暁城塞の女王……エレイン様……だね……?」
ヴィルホはいつもの口調を崩さずに答えた。が、その声は震えている。
「わかればいいわ。そう、この暁城塞を任されているのはこの私。この私が次期カナリス・ルート会員として選出したのが黒龍。言葉遣いはどうでもいいけれど、立場をわきまえなさい」
エレインは言った。
「エレイン様の言う通りっすよ。立場をわきまえない人間は敵味方関係なく困る。だから、ヴィルホも気を付けた方がいいっすよ」
黒龍も言った。
「……ああ。クソ……ヴァリオがここに来なければ」
2人に聞こえない声で言うヴィルホ。エレインと黒龍のいる空間にいづらくなり、晃真の方へ歩いて行く。
「ここにいるのが辛いのなら――」
「黙れ。僕の弟はどうせお前の仲間に倒されている。お前の誘いになど乗らない」
晃真の声に対して、ヴィルホは吐き捨てるように言った。
そんな様子を冷めた目で見るエレインと黒龍。ヴィルホが2人から離れてからエレインは言った。
「さて、状況を確認しましょうか。当初予定になかったクラウディオは逃亡……これはさほど影響なしね。3A-066はS-006と戦闘中。ヴァリオがオリヴィアたちにやられたみたいで、デールがまだ接敵していない。デールについては接敵しない方がいいんだけれど」
「それは同感っすね。あいつ、金で人の魂を買えるんすよ。それでいて素の戦闘力はたかくない。あいつは影からコソコソしてる方がいいんすよ」
黒龍は言った。
「それを貴男が言うのね。とにかく私たちは基本、待ち構える。動くことがあればまた言うわ。少なくとも、貴男のことは信頼しているわ」
と、エレイン。




