16 戦いでの愉快犯
勝てない敵への立ち回りをどうするか。エミーリアはこれまでの人生で学んできた。
エミーリアは今まさに勝てない敵と対峙している。それがクラウディオ。あまりにも強く、イデア界にさえ到達しているという。
「へへ……せめて一瞬で……じゃあ、面白くねえな。苦しみながら死ねよ、面白いからよ」
と、クラウディオ。
狙いはその言葉からわかる。死なない程度の、だが確実に消耗させるような攻撃をエミーリアに撃って楽しむ。クラウディオはそのようなことをする男だ。
先ほどと同じように青白いナイフを展開。それを撃つのだが、クラウディオは撃ち方を変えた。狙いはエミーリアの胴体や頭ではない。四肢だ。
「ふん!」
エミーリアは力任せにナイフを弾こうとした。が、ナイフの正体は熱。さっきとは質が違うのか、触れれば熱が伝わる。
冷静になれ、とエミーリアは自身に言い聞かせながら対処するが、クラウディオは攻撃のパターンを変えた。エミーリアがナイフをはじいた直後に斬り込む。その一瞬の隙を狙ったのだ。
「遅えよ。移動速度の話じゃねえ」
と、クラウディオは言って、斬撃。その一撃はエミーリアに深い傷を作りはしなかったが、痛みは相当のもの。まるで火で焼かれたかのよう。
追い打ちをかけるようにして、今度は上からの攻撃。赤いナイフがエミーリアに肩を狙い――
「くっ」
エミーリアの身体に痛みが走る。これは、火傷の痛み。痛みに顔をしかめるエミーリアを前に、クラウディオは笑みを浮かべ。
「お、痛いか? いい顔じゃねえか。かかって来てもそのまま死んでくれても構わねえぜ」
と、クラウディオ。
嗤う彼を前にして、エミーリアはすでにイデアを展開する余裕がなかった。イデアを展開する前提――肩をやられてしまったのだ。
「……殺しな。生きてお前にやられ続けることが深いで仕方がないんだよ」
エミーリアは言った。
するとクラウディオは悪魔のように口角を上げ。
「やなこった。自然に死ぬのは構わねえ。が、俺が手を下すならできるだけ苦しんで死ねよ。俺だって苦しいんだからよォ」
クラウディオはそう言った。
彼の指の上には白いナイフが1本だけ現れる。それが危険なものであることはエミーリアにも容易に想像がつく。
「教えてやるよ。俺はなァ……苦しんで死ぬ人間の姿が面白いと思っている。だから戦いが好きだ。面白いからな。ロムのヤツには不謹慎だと言われているがよォ」
「悪趣味だこと。私に力があれば斃してやりたいんだがね」
と、エミーリア。
「んなこと、できねーよ。できるのはオリヴィアだけだ。オリヴィア以外に、俺は殺せねえよ」
と言って、クラウディオは白いナイフを放った。
たった1本のナイフは空中で分裂し、あらゆる方向からエミーリアに襲い掛かる。くらえばひとたまりもないはずだ――エミーリアはこの状況で、一矢報いるために炸裂弾を放った。
炸裂弾が空中で炸裂し、辺りを白い光が包み込む。
この白い光はイデアを消すもの。イデア界に達していようとも、展開したイデアはすべて消える。クラウディオも、ここにいないオリヴィアやヨーランも例外ではない。
「このアマ……」
クラウディオは吐き捨てる。
流れは少しくらいなら変わったか。どうせエミーリアに決定打はない、と高をくくっていたクラウディオ。その認識が甘かった。
閃光の中に人影がもう一つ。その人影も、クラウディオと同じくひとつ上の階層から降りてきたもの。
人影は、背負った刀を抜き、クラウディオに斬り込んだ。
「あぁっ!?」
声を漏らすクラウディオ。
閃光の中の人影は斬撃の後、彼の背後へと回り込む。閃光が少し晴れてくると、その姿はより鮮明となる。
揺れるポニーテール。刀を納める姿。エミーリアよりも高い背丈の、スカートを履いた女。
「よし、その手首はもらった! 対人だとどうしても加減しすぎてしまうよ!」
エミーリアにも声でわかる。霧生陽葵だ。
陽葵の声を聞き、クラウディオは振り返る。確かにそこに陽葵がいる。だが、クラウディオはこれまで陽葵の接近に気づけずにいた。
「おーおー、やるじゃねえか。死にてえのか?」
クラウディオは余裕を残したつもりで言ったが、陽葵はその口調から精神状態を読み取っている。
「さあね。この城塞にはキルスティが来てるし、キルスティがいるなら死なないでしょ。だからさ、戦ろうよ」
陽葵には圧がある。彼女がイデア界に達しているか否か、エミーリアもクラウディオもわからない。ただ、陽葵が相当な強者であることは2人には伝わっていた。
「クソが……主導権を握るのはこの俺だ!」
と言ってクラウディオは再び青白い熱の剣を取る。陽葵もにやりと笑いクラウディオに応戦。焦るクラウディオの剣を受け止めた。
「あはは、軽い剣だね! 片手で剣を振れても両手だとより安定するからね、仕方ないね!」
陽葵はいともたやすくクラウディオごと剣を振り払う。そのときの陽葵の顔は戦いを楽しむ狂気すら感じさせる。
一方のクラウディオは吹っ飛ばされながら赤いナイフを展開。それらをすべて陽葵に向けて放った。
「……畜生。こんなの聞いてねえ!」
ナイフに狙われた陽葵はそれらをすべて叩き落とす。剣があまりにも、速い。
だが、クラウディオの目的は他にあった。
陽葵がナイフを叩き落している隙に、クラウディオは逃亡。陽葵が追いつこうとすれば、壁や床を破壊して視界から消えた。
「残念。せっかく強そうな相手に当たったと思ったんだけど。ねえ、エミーリア」
陽葵はそう言ってエミーリアを見た。
「ああ、あいつは実際強かったさ。私じゃあ勝てない」
と、エミーリア。
「なるほどね。じゃ、行こっか。場所は暁城塞の南東。ジェイドたちより早く着きたいねえ」
陽葵はそう言ったが、エミーリアの傷の状態を見て考えを改める。
まずやるべきは、エミーリアの手当だ。




