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14 イデア界にとらわれた

 オリヴィアは薄れゆく意識の中で、ヴァリオとリンジーを見た。今、自分はひとりではない。だが、ひとりではないからこれ以上加勢できないことがもどかしく感じられた。


「ごめん……リンジー」


 オリヴィアの意識はここでぷつりと切れた。




 ここは夢か。

 オリヴィアが目を開けると、そこには惨殺された者たちの遺体が転がっていた。どの遺体も首筋に傷があり、地面には血溜まりができている。

 この状況を、オリヴィアは一瞬で理解した。


 視線を上に上げる。そうやって見てみれば、その先には記憶のかなたへと押しやったはずの人物がいるではないか。

 オリヴィアの実の母、アンジェラ・ストラウス。オリヴィアはその過去を知らない。物心ついたときにはすでに、母アンジェラは自室に金髪の女とともに引きこもり、時には男を連れ込んで「何か」をしていた。


「アンジェラ・ストラウス……!」


 オリヴィアは這いつくばったまま、そう言った。すると、女は振り返る。

 アンジェラの顔はオリヴィアの知る母の顔と全く同じ。彼女は確か、杏奈に殺されたはずだ。さほど愛着のある相手ではなかったので、オリヴィアにとって大したことではないのだが。


「オリヴィア……醜いでしょう、私の姿は。私はどうして道を踏み外したのかしら」


 と、アンジェラは言った。


「知らない。過去のことなんて、わかるはずないじゃない。わたしが生まれるより前の話だよ?」


 オリヴィアは言った。

 アンジェラは何かを後悔しているような表情を見せ。


「何も言えないわね。オリヴィア、私のようにはならないで。人を助けられる人になりなさい……いえ、ならなくてもいいから。衝動に支配されずに生きなさい。あなたならまだ、間に合うはずよ」


 と、アンジェラ。


「衝動……」


 オリヴィアは口ごもる。

 衝動とは。殺したいと考えることか。人を信用しないことか。わからない。わからないが、目の前にいる母親は、オリヴィアにとってはやはり独善的で自分を内側から支配する薬のようにも見えた。


「わからない。わたしにはあなたがわからないよ……わたしに何もしなかったくせに」


 オリヴィアは呟いた。

 これは衝動などではない。オリヴィアが10年以上考えて到達した答えだ。ロムに洗脳されていたからでもない。彼女の支配から逃れて自分で考えたうえでたどり着いたのだ。

 だから夢であろうとも、殺す。それが支配からの脱出だ。


「好きにしなさい。死者がどうこうするものでもない……今の私はイデア界につながれた亡霊のようなもの。生きている貴女に対してできることは限られているの」


 アンジェラは言った。


「イデア界……あなた、イデア界って言ったの……?」


 と、オリヴィア。

 これまでにわからなかったことがわかった。イデア界はここにある。恐らくこの女を殺せば、アンジェラを殺せばたどり着ける。それが答えだ。


 オリヴィアは試しにイデアを展開してみる。現実世界でやるように、陰を伝って影を展開する。

 展開できた。それどころか、夜にやるように広範囲の展開だってできた。


「最期に教えてあげる。イデア界は本来、イデア使いが死ぬと引き寄せられるもの。だから使い手の生命力が衰えてくると、イデア界の引き寄せる力は強まる。これが、イデア使いが短命な理由……吸血鬼のような例外はいるけれど。でもね、まれに生きたままここに到達できる人がいる。クラウディオやヨーラン、私の元夫もそう。今は貴女がここに到達している」


 と、アンジェラ。


「どういうこと?」


 オリヴィアは聞き返す。


「ここ、イデア界に到達したということは、貴女がイデア使いとして完成することよ。だから――」


 アンジェラは言った。


「人間の味方でいなさい。これが私の――」

「あなたの願いはわたしの願いじゃない」


 オリヴィアはアンジェラの最後の言葉を遮った。

 何をすべきかはここに広がる空気からわかる。アンジェラをこの空間で殺す。何の執着もない相手であるうえ、考え方も根本から相いれない。それにアンジェラとオリヴィアは違う。


「永遠に消えて、アンジェラ。わたしの人生には、もうあなたは必要ないから」


 と言って、オリヴィアは影の刃をアンジェラに向けて放つ。対するアンジェラは空間を捻じ曲げるゲートのようなものを出すが――影の刃はそんなものをすり抜ける。オリヴィアが影の刃を放ち続けているうちに、影は質量を持つようになった。アンジェラに触れればアンジェラの身体は崩壊してゆく。まるで、死体が腐敗していくかのように。


「さようなら、アンジェラ。産んでくれてありがとう。あなたのおかげで晃真やリンジーに出会えた」


 イデア界から消えゆくアンジェラを前にして、オリヴィアは涙ひとつ流さない。その口調は淡々としており、一切の感情も籠っていないようであった。

 血縁関係にあっても所詮はその程度。もっと濃密にかかわった人には及ばない。




 光の破片を弾丸のように撃ち出すヴァリオと荊での攻撃が通らないリンジー。互いの攻撃が通らないまま戦いは長引いていた。


 リンジーはどうにかこの状況を打開しようと攻撃のパターンを変えた。先ほどから辺りにもたらされている空間の揺らぎを利用して、そこから荊を伸ばす。消された。今度は別の方向から。消された。


「いい加減諦めろよ。俺じゃお前に勝てないぜ」


 ヴァリオは言った。

 が、そのときだ。彼がイデアの乱れを感じたのは。それはリンジーも同じ。ここにいるイデア使いの気配が急速に大きくなる。


「オリヴィア……?」


 と、リンジー。

 彼女がそう言った直後、オリヴィアは立ち上がる。



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