12 操られた者たち
オリヴィア、キルスティ、リンジーと蒼。この3人はクラウディオとの接敵後にまた階層を移動した。もはや入り口などどうでもよく、蒼の土地勘とオリヴィア、リンジーの索敵に頼りきりだ。
足を進める中で不意にリンジーが口を開く。
「ねえ、オリヴィア。イデア界って知ってる?」
リンジーが口にした「イデア界」という言葉。オリヴィアとしては記憶に新しい。
「聞いたことはある。詳しくはわからないけど」
オリヴィアは答えた。
「どこからどこまで話せばいいかわからないけどさ、カナリス・ルートにはイデア界に達した人が何人かいるんだよ。さっき襲ってきたクラウディオとかさ」
と、リンジー。
「待って。聞いたことはあるけど、イデア界って何?」
オリヴィアは聞き返した。
「あたし達の能力、イデアの出どころ。イデア界に達したイデアはあたし達の能力の進化した姿だよ。まあ、要するに強くなったイデアってこと」
リンジーは答えた。
「そういうことなんだ。ロムからも聞いたことなかったよ、そんなの」
「でしょうね。最近わかってきたことだし、ロムがあたし達のことを信用してなかったみたいだから。使える人だって限られている」
リンジーは答えた。
「イデア界ねえ? 私らで到達したやつはいねえが……」
と言いかけて、キルスティはオリヴィアを見る。
数ヵ月前に出会ってから、今の今までにオリヴィアは成長した。精神的な成長も、イデアの成長も。これならば、オリヴィアがイデア界に到達するのも時間の問題ではないか。
「オリヴィア……あんたならできるぜ。あんたは強くなった」
キルスティはオリヴィアに言った。
「キルスティがそう言うなら……」
と、オリヴィア。
そのときだ――オリヴィアはいち早く敵襲に気付き、イデアを展開。先制攻撃に出るが、数が多い。しかも、襲撃者はどう見ても一般人。
「気をつけて! 100人はいる!」
声を上げるオリヴィア。
その3秒後に暁城塞の住人であろう群衆が押しかける。
「殺すしかないの……?」
と言いながらオリヴィアは影でできるかぎりの人を拘束。だが、大人数を拘束した影の強度はさほど高くない。
「いや、私なら生かしたまま無力化できる」
そう言ったのはキルスティ。彼女の手には麻酔薬の塗り込まれたメスが何本かあった。彼女を見た蒼は思わず言う。
「そんな武器でどうやって……」
「見てな、蒼。私のモットーは博愛。殺さずに無力化くらいしてみせるぜ。無理ならそのときだ」
と、キルスティは言った。
オリヴィアとリンジーの前に立ち、キルスティは人の群れに飛び込む。まるで混雑した店のよう。
麻酔を撃ち込みながら、キルスティは襲い来る群衆の真相を考察する。
「どいつもこいつも目の焦点が合ってねえ。合点がいったよ、どっかで操られているな?」
そうしながらも、麻酔を撃ち込んで1人、2人と倒していく。キルスティの周りの群衆が何人か倒されたとき。
「リンジーとオリヴィアはこいつらを操ってるやつを倒しな! 蒼もついていけ! 私は後で行くから!」
キルスティは言った。
「……そうだね。確かに操られてるなら元を絶った方がいい。オリヴィアも蒼くんも行くよ」
そう言ったのはリンジー。オリヴィアも納得していたが、蒼だけはそうではなかった。
「ごめん、僕は残る。オリヴィアとリンジーは良くてもキルスティは暁城塞で迷っちゃうよ」
蒼は言った。
「行け。ただでさえ子供を巻き込むのは気が引けるだよ。だから――」
「大丈夫、僕は吸血鬼だから」
と言って、蒼はキルスティの前に現れた人間の首をへし折った。
これが吸血鬼の力。イデアを使うダンピールには及ばないが、吸血鬼の力は人間を軽く上回る。
「僕もここに残る。キルスティは迷うだろうし」
蒼は返り血を浴びて言った。
正論だ。キルスティは正論を言われると弱い。
「仕方ねえ。私があんたを守りながら戦う。あんたが戦うときはできる限り殺さない。これでいいか?」
「キルスティがそう言うなら」
と、蒼。
オリヴィアとリンジーは先へ。群衆がいない階段へ。2人はキルスティを信じて後ろを振り返らない。
「オリヴィア、あの子さあ……」
階段を上り終えたところでリンジーは言った。
「うん。吸血鬼とはいえ、見た目と年齢が合わないよね」
と、オリヴィア。
「……考えても無駄なんだけどさ。ねえ。ところでさ、ヴァリオって知ってる?」
「あ……ロムがよくその人のこと言ってたよ。アルマンドより有能だとか」
オリヴィアがそう言ったときには、リンジーは既に動いていた。イデアの展開範囲を変えて攻撃に入っていた。
「そのヴァリオが、今あたしたちの目の前にいんの」
と、リンジー。
伸ばした荊は確かにその先から来る青年をとらえた。が、青年はそれをわかっていたようで、はじいた。
「久しぶりだな、リンジーにオリヴィア。パスカルって女に脅されでもしたか?」
青年ヴァリオは言った。
セランネ兄弟の末弟のヴァリオ・セランネ。彼が現れることはオリヴィアもリンジーも予想していなかった。
「そんなわけ、ないから。もうロムに惑わされない、それだけ」
と、オリヴィアは言った。




