6 悪だくみ
「ここがセーフハウス……いいのかな? 私をこんなところに上げちゃって」
咲耶はセーフハウスのダイニングまで来ると言った。
「もともとセーフハウスの場所は分かっていましたよね。それに貴女のことは約束を守る人だと思っていますから。どうぞお掛けになってください」
と、パスカル。
「ふふふ、あなたの頭は饅頭かな? なんてね。
ウチは金のための裏切りを禁じている。誠意を示すなら金を払うよりも指を詰めた方がいいよ」
咲耶は椅子に座るとそう言った。
ここでオリヴィアがパウンドケーキと紅茶を咲耶の前に置いた。オリヴィアは咲耶の放つものに圧倒されたのか、何も言えないでいる。
それを察したのか、咲耶はオリヴィアの方を見て。
「オリヴィアちゃん、だよね? 面白いことをしてくれそうだから目をつけていたんだよ、実は」
咲耶は言った。
「えっ……あっ……そうですけど……」
オリヴィアは答えた。
そんな彼女を、咲耶は舐め回すように見る。見た目は可愛らしい少女だが、凶悪なものを抱えている。それでいて元は――最近まで空っぽだったよう。
「人殺しをしなくてよくなったら、天照においでよ。天照は、貴女に人殺しを求めない」
咲耶は言った。
まさかの勧誘だ。とはいえ、彼女は――咲耶は正義を謳う女、初音とは違う。
「考えておくってことで、いいですか? わたし、今はただの人殺しですよ」
と、オリヴィア。
「でも秩序を壊している。好きだよ、そういうの。秩序を壊した先のさ、果てを見たいんだよね私は」
咲耶は言った。
彼女は笑顔だったが、その目は笑っていない。まるでオリヴィアの先のなにかを見据えているようで、人によっては萎縮するような何かがある。
しばらく沈黙が辺りを包む。オリヴィアは戸惑い、パスカルは警戒し、キルスティは「面白い」とばかりに口角をあげる。
そんな中でも咲耶はパウンドケーキを口にし、飲み込んだ後に言う。
「……ああ、そうだったね。共同戦線、張らない?」
この提案こそが、咲耶がここに来た理由。彼女の真意――この提案の裏の裏の、そのまた裏にある意図など誰も知る由はない。が、この中で最も省みない性格のオリヴィアは答えた。
「いいですね。カナリス・ルートはこの大陸の秩序ですから」
「そうでしょうとも。あなたが迷宮の女王を狙ってるってことは知ってるから、バックアップしてあげるよ。私たちは鮮血の夜明団と違ってカナリス・ルートとは繋がってないからね」
咲耶は言った。
彼女の赤と青の瞳がぎらりと輝いた。ダンピールだとは聞いていたが、そうは見えない。むしろ吸血鬼のように見えた。
「お願いします……」
と、オリヴィア。
「うん、それじゃあどうやって支援するかはこちらで決めるね。迷宮の女王は厄介だよ」
咲耶は言った。
空気はしばらく張りつめていたが、それを壊すように咲耶が一言。
「このパウンドケーキ、レモン味かな? 前より美味しくなってるけど、誰が作った?」
「ヒルダが作りましたよ。純粋な人間が食べるものに慣れてもらいたくて」
パスカルが答えた。直後に彼女の後ろでヒルダが微笑んだ。
「そうだよね。生肉を食べるよりこういうのを食べた方が健全だよね。また作ってくれる?」
と、咲耶。
「はい! 頼まれれば、いつでも!」
ヒルダは答えた。
「期待してるねえ。あとさ、キルスティちゃんも食べなよ。さっきから気になってるのわかるよ?」
咲耶は言った。
「私が? 気になってるって? いや、そのケーキはヒルダがあんたの為に作ったんだ。私が取るのは違うだろうが」
と、キルスティ。
ヒルダ、オリヴィア、パスカルが敬語を使った相手だが、キルスティについてはいつも通り。
そんなキルスティの姿を受けてパスカルは青ざめて口を開く。
「キルスティ! その人は影の権力者で――」
「いいね! そうだよね、博愛を謳う以上、人によって言葉遣いを変えるもんじゃない!」
咲耶がパスカルの言葉を遮った。
「じゃ、私は少ししたらお暇するよ。別に私を怒らせたとかじゃないから安心してね?」
咲耶は続ける。
カリスマであり人を屈服させる力を持ちながら、彼女は秩序を嫌う。権力に楯突く者を好く。伊勢咲耶は不思議な女だ。
セーフハウスを出るとき、咲耶はこう言った。
「突入するなら東がいいよ。暁城塞そのものは魔境だけどね。それと……目玉を狙う連中には気をつけて。殺されたり失明したり……まあ、いろいろあるんだよねえ」
と、咲耶は意味深な言葉を残す。
残されたパスカルはしばらくの沈黙の後に口を開いた。
「……やはり危険なのね、暁城塞は」
「わかってる」
と、オリヴィアは言った。
「貴女の意思は尊重する。でもね、私とヒルダはここに残る。ヒルダを連れていってはヒルダを危険にさらすことになる」
パスカルは言った。ヒルダもそれに同意見のよう。2人には考えがあるらしい。
「じゃあ、私も意思を尊重するぜ。オリヴィアと私とエミーリアは暁城塞に。あんたらはここに残り、私らに何かあったときに行動を取る。鮮血の夜明団があっち側でも杏奈については心配ねえよ。彼女は頼って良い人だ」
今度はキルスティが言う。
「……そうね。キルスティがいるから大丈夫だと思うけど、くれぐれも死なないで」
パスカルは言った。




