表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
194/343

27 囚われの王子

 タスファイを斃しても、晃真の傷を塞いでも、まだオリヴィアは焦っていた。タスファイを斃せても、まだ残ったことがある。それは犯人の確保。オリヴィアたちは、乱入者のせいでまだ目標を達成できないでいた。


 現場、ヒルダの待機している場所に初音が到着する。

 初音は一目で――血の花の咲いた広場と倒れた犯人、ジョン・ドゥを見るなり呟いた。


「決戦には間に合わなかったようですねえ。オリヴィアちゃんと晃真はいないようですが」


 初音は言った。


「セラフ支部に……向かいました。晃真がひどい傷を負わされて……私は、この人を見張ってたんです」


 ヒルダは答えた。


「そうでしたか、そうでしたか。委縮することはありませんよ。私、犯人のことは一瞬でわかりましたから。ノーフェイス、ジョン・ドゥ。顔を変えて人を殺しまくっていたクソ野郎ですね。私が裁きを下したいところですが、キルスティが生かせと言うものですから」


 初音はそう言いながらつかつかとジョンに近づき。彼の手首に触れた。

 微弱な脈拍。初音は無表情になってジョンを担ぎ上げた。


「さあて、戻りましょう。ノーフェイスが拘束されて、殺人事件が止めば犯人はこれ以上いないでしょう!」


 2人はセラフ支部へと戻ることにした。




 同刻、広場から少し離れたところでオリヴィアはヨーランの気配を感じ取る。ヨーランならばゼクスが氷漬けにしたはずだ――


「どういう――」

「悪いな、こういうことだ」


 バイクの音。通りがかる、サイドカーの取り付けられたバイク。運転する革つなぎの男と、サイドカーに乗ったヨーラン。ヨーランは棺を展開したと思えば中から黒い手を伸ばす。黒い手は晃真をオリヴィアからひったくり、棺の中へ。80キロを超える体重の男を掴んだとは思えない。

 そしてヨーランも棺に閉じこもる形で棺は閉じる。


「晃真! やだ……!」


 と言って、オリヴィアは影の手を伸ばす。だが、届かない。バイクは手が伸びるのよりも速く走り去る。


 晃真は、ヨーランと運転していた男――アポロに連れ去られた。

 オリヴィアは茫然と立ち尽くす。勝利の結末がこれだ。タスファイへのリベンジに成功しても、そこに待っていたのは晃真と離れる結果だった。


「どうすれば……せっかく晃真と、また会えたのに」


 オリヴィアは呟いた。

 彼女の中に様々な感情が湧き上がる。

 怒り、悲しみ、自責、他責、恨み、憎しみ、愛情、失意、絶望。

 それらが洪水のように溢れ出し。オリヴィアは彼女自身を中心にした黒いものを展開した。それもセラフの町全体に広がるようにして。




 アポロはまだセラフの町を出ていなかった。出ていなかったから、地面に広がる黒い影に気が付いた。


「……あの女か。ヨーラン、どうする? ロムが当初望んでいたが、今となっては忌避する事態だ。よりによってこのタイミングだぞ」


 と、アポロは言った。


『それでもいい。そんな事態を想定してぼくたちは晃真を連れ去ることを選んだんだろう?』


 棺の中から聞こえる声。その声はアポロにしか、ヨーランが許可した者にしか聞こえない。


『守るべき相手がいることは強みだ。だが、同時に弱みでもある。オリヴィアにとって、晃真の存在は強みなどにならないよ。よく考えることもできずに、感情的になって暴れるだけだ。そんな相手、ぼくもエレインも君も簡単にやれるだろう?』


 ヨーランはそう続けた。


「お前も非情だな。愛する者がいると聞いたことはあるが、彼女は……」

『アポロ』


 アポロが深堀りしようとすれば、ヨーランがそれを止める。知られたくないのだろうか。


『悲壮感あふれる顔だったよ。それだけは君にも言える。もうぼくに人を愛する資格はない』


 ヨーランはそれだけを言った。




 失意の中、オリヴィアは帰還する。

 彼女が話せばパスカルたちは納得した。彼女らだけでなく、セラフ支部の支部長のナジュドだってそうだ。


「連れ去られたのならどうする? 協力できれば俺たちもするつもりだ」


 と、ナジュドが協力を申し出る。たとえそこに悪意――だまそうとする意志がなかったとしても、オリヴィアは信用できずにいた。どうしてもヨーランの言葉が脳裏にこびりついている。


「自力で……どうにかします。わたしたちに協力すれば、鮮血の夜明団が危険ですよ?」


 オリヴィアは震える声で言った。

 本当のこと、ヨーランから聞かされたことなど言えるわけがない。ヒルダだってそうだ。ヨーランからあのことを聞かされたのはオリヴィアだけではない。


「よし、お前たちの意思は尊重しよう。だが、たとえ鮮血の夜明団に危険が及んでも俺たちにはそれをはねのける力がある。俺たちは強い。それだけはわかってくれよ?」


 と、ナジュドは言った。


「そうだ、ソニア。最後にあなたに教えて欲しいのだけど。もしエレインとヨーランの身辺調査が進んでいれば、情報が欲しいの。途中まででもいいから」


 パスカルが言う。


「はい、極秘ファイルですので2人きりでお渡ししましょうか。支部長はうっかり情報を漏らしかねませんから」


 と、ソニア。


「オリヴィア。晃真も探すけど、その段階でおそらくヨーランの情報も必要になるはず。連れ去ったのがヨーランならなおさらね」


「うん」


 オリヴィアはパスカルの言うことに納得したようだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ