26 強くなった
手応えはあった。これが影で人を殺す感覚。オリヴィアとしては、今やどうとも思えない感覚だった。が、タスファイは血を流しながら言う。
「これが成長か……だが、戦士として許せたことではない……!」
タスファイはそう言うとすぐに傷を水で塞ぎ、止血。かなりの数のイデア使いが習得している技術だ。
そんなタスファイを前にして、オリヴィアは次の攻撃へ移る。影の刃が駄目ならば、自分が影になればいい。
オリヴィアはタスファイに気付かれるとすぐに影をその身に纏う。影を纏ったところはあらゆる光を拒絶するような黒に染まる。黒に染まったところからは、さらに黒の空気が流れ出る。それを例えるなら、辺りを包み込むような闇。オリヴィアは今ここで闇となった。
「わたしが戦士だなんて、一言も言ってない。けど、いくよ。あなたはモーゼスや八幡昴とは違うから。正しい誇りがあるから」
と、オリヴィア。
タスファイは彼女の「正しい誇り」という言葉を聞き逃さず、戸惑った。
「なぜお前が……っ!?」
戸惑ったタスファイ。それにも構わずにオリヴィアは攻撃に移るがタスファイは水の塊で攻撃を弾く。その時にオリヴィアは一言。
「わたしが正しい人間じゃないから」
オリヴィアには悲壮感があった。タスファイはそれを見逃さなかったが、相手のバックグラウンドを期にして手心を加えることは矜持に反する。彼なりに言えば「戦士のすることではない」。
「そうか」
と言ってタスファイは三又の槍から曲がった刀身の水のサーベルに持ちかえた。
「では俺も戦士として誇りと敬意を持ってお前を倒す」
タスファイはオリヴィアとの距離を縮めた。からの、斬り。影を受けて、斬る。
水のサーベルの力を、いや、タスファイの力を以てすれば影などたやすく斬れる。斬られた影は虚空に霧散した。が、影は次から次へとたたみかける。オリヴィアが手を抜かないから。
そのオリヴィアは、手を抜かなくても焦りを感じていた。ただでさえあった実力差が開いたかのようなのだ。
とんでもない相手を本気にさせてしまった。
「うっ!」
サーベルでの一撃を受け流す。
触れれば斬れる。受ければ斬られる。だからオリヴィアは空中へと受け流した――からの、影の手。タスファイのすぐ上から影の手を放つ。
「ぉおおおぉっ!」
叫びながらの回転斬り。その刃は影の手を正確に切り裂いた――1本を残して。
回転斬りの勢いで、タスファイはオリヴィアにまで狙いを定め。切り裂く。鮮血と影が虚空を彩った。タスファイは勝利を確信して口を開く。
「……こんなものか。晃真よりは楽しませて――」
「なに? それで勝ったつもり?」
オリヴィアの声。
タスファイは確かにオリヴィアを斬ったが、そのほとんどは影。オリヴィア本人は血こそ流しているが、タスファイの背後を取っていた。
「サーベルを持った俺に負けないやつは初めてだ」
タスファイはすぐさま水のナイフを全方向に放つ。合理的な判断だ。が、水のナイフは影によってはじかれる。影の刃にまぎれ、オリヴィアはタスファイとの距離を詰め。
「晃真も勝てなかったのね」
と言って、黒く染まった手刀――それも剣のような一撃を放った。
手応えはあった。確かにタスファイは手刀で袈裟斬りにされ、かなりの血を流している。その上、サーベルを持った方の手――右手がだらりと垂れ下がる。どうやら腕も斬れていたらしい。
「ああ……炎熱系の能力は俺に相性が悪いからな。サーベルを持つまでもなかった」
タスファイは答えながら水の塊を展開。オリヴィアに向けて水の塊を放った。
対するオリヴィアはそれを予想していたかのように影で相殺。水は飛び散った――だが、それだけではない。右手の自由を奪われたタスファイは、手に水の武器を持ちはしない。そのかわりに飛び散った雫がナイフと化し、あらゆる方向からオリヴィアに襲い掛かる。
水の細かなナイフがオリヴィアの身体を切り裂いてゆく。小さくとも、その傷は深い。
深手を負いながらもオリヴィアは影の刃を放つ。併せてタスファイに突進し――
「でも、もうあなたはサーベルを持てない」
刃と、闇に染まった爪がタスファイの心臓を穿った。傷口からは血が噴き出し、タスファイはよろめき――
「ああ……これが戦士の最期か……」
と言って、砂を被った石畳の上に倒れる。それがタスファイの最期だった。
「わからない。どうしてあなたは高潔な人なのに、カナリス・ルートにいたの?」
絶命したタスファイにオリヴィアは問いかける。そんなオリヴィアの方もかなり血を流している。内臓だってかなり傷ついている。
当然ながらタスファイは答えない。彼の真相を知る者はいるのだろうか?
だが、オリヴィアは我に返る。まだここには助けなくてはならない人がいる。
晃真。オリヴィアは晃真の身体に触れて呼吸と脈を見る。キルスティに教えられた方法だ。
「……息はある。まずは傷を塞がないと。あの家で、晃真の腕を切り落としたときと同じ方法で」
イデアを再展開し、晃真の傷口を包み込む。
オリヴィアは能力のある程度のところは理解したらしい。その証拠に、晃真の傷は瞬く間にふさがった。とはいえ、これで晃真が回復するわけではない。今のオリヴィアにできるのは、あくまでも止血。
オリヴィアは晃真を担ぎ上げて言う。
「ヒルダは、そこで倒れてる犯人を見張ってて。もうすぐ、来るはずだから」
と、オリヴィアは言った。




