23 水神
晃真は地図を頼りに移動していた。目的は犯人ジョン・ドゥ。イデア使いの気配を探る技量は並だが、晃真はナジュドとソニアの話を頼りに犯人を追っていた。
ここはセラフの町の駅にほど近い、開発の進んだエリア。ここまで来たときから、晃真はオリヴィアたちのものとは違った大きな気配を感じていた。それも4つ。うち2つは純粋に大きくピリピリした気配、1つは大きいながらも生きているか疑わしい気配、もう1つは不安定な気配。
「……どういうことだ。何が起きている?」
晃真は呟いた。
自分たち以外にも犯人を追っているか、あるいは今犯人と戦っている者がいるのか。
晃真は地図をポケットに仕舞い、先を急ぐ。目的地は2つの気配――大きくピリピリした気配と不安定な気配のある場所だ。その気配の正体は晃真にはわからなかったが、いざというときの晃真の勘は当たりやすい。
――頼む。逃げないでくれ。俺とオリヴィアが到着するまで。
気配は近い。その正体に接触すればすぐに攻撃に移り、できることなら確保する。晃真は、そのときまで2つの大きな気配は犯人と鮮血の夜明団からの援軍だと思っていた――
だが――晃真の予想は外れる。
町中の広場で戦うジョン・ドゥとタスファイ。だが、特筆すべきはジョン・ドゥが昴の姿をとっていたということ。その姿でジョンはタスファイと交戦中だった。
藍色の髪と瑠璃色の眼をした男が2人。これが意味するところはわからなかったが――昴がここにいることが、晃真には信じられず。気が付けば晃真は飛び出していた。
「八幡昴……! お前は、春月で殺したはずだっ……!」
晃真は叫び、熱の剣を握りしめて昴――彼の姿をとったジョンに斬り込んだ。
「な……」
「昴の弟か! 貴様、よくも昴を殺してくれたな!」
ジョンの漏らした声をかき消すかのように声を荒げるタスファイ。どうやらここに現れたのは悪手だったようだ。
冷静になれ。晃真は自分に言い聞かせながらバックステップで距離をとり。信号弾を握り、空に打ち上げた。
空には深紅の花火が、信号弾が撃ちあがる。
「あんたには関係ない。あれは俺と八幡昴でのことだ!」
「関係ない、か。昴は俺の友人だった。たとえ殺されることを望んでいても友人はそいつを殺した人間を恨むものだ。だから俺はお前を殺す。これは敵討ちだ。同じカナリス・ルートの人間として、昴の親友として」
タスファイはそう言って展開していたイデアをより強めた。彼のイデア――能力は水。圧倒的な物量の水を展開し、たとえ砂漠であっても人をいとも簡単に溺死させる。
そんなタスファイが晃真に気を取られているところを狙う者が1人。ジョンだった。ジョンは昴が使うのと同じように刀を振るい、タスファイの首を落とそうとした。が、タスファイはそれにいち早く反応し、素手で刀を弾き飛ばす。
「付け焼刃の技術など俺に通用するものか。お前の技術で向かってこい」
と、タスファイは言った。
ジョンは眉間にしわを寄せたかと思えば、今度は赤い瞳の細身の男に姿を変えた。晃真、タスファイともに顔と名前くらいは覚えている人物、シェルト・オーメンだ。
「蒼き砂漠の町の決戦の夜に
戦士たちは命の危機に襲われるだろう
悪魔の血を引く者は新たなる境地に達する
砂漠の砂は血に濡れて惨劇が幕開ける」
ジョンは姿を変えるなり言った。と、次の瞬間。ジョンの手に漆黒の大鎌が握られ。手ごたえを感じたジョンは大鎌を振るう。回転斬りだ。晃真とタスファイはその攻撃を避けたが、ジョンは次の動きにうつり。狙いを晃真に定めて大鎌を振りぬいた。
「うっ……!?」
晃真の太腿から血が噴き出した。避けたつもりだが、全く避けられていない。畳みかけるように攻撃を繰り出すジョン。対して晃真はよろめきながら避け、熱の塊を放ってどうにか距離を取った。
タスファイとやり合おうにも、まずはジョンをどうにかしなくてはならない。逆も然り。
判断は一瞬だ。晃真は距離を取った直後、灼熱の剣を捨てて全身に灼熱の鎧を纏った。もう、こうするしかない。晃真は命を燃やすことに決めた。
「面白そうな能力じゃないか。模倣のやり甲斐がありそうだ」
とジョンは言って晃真に斬り込む。が、晃真はすさまじい熱気を放っている。剣を捨てた晃真は逆にジョンの懐に潜り込み、鳩尾に一発。よろめいたジョンにもう一発。今度は確実に行動不能にする――つもりだった。
ジョンを制圧したと思ったところに、水での攻撃。タスファイがジョンと晃真にまとめて攻撃したらしい。
「くっ……鎧が……」
灼熱の鎧は溶岩のようなもの。多量の水を浴びた晃真の鎧は一部が固まり、枷となる。晃真の動きが鈍る。それを確認したタスファイは水の渦を晃真にぶつけた。
水の渦が晃真の纏う鎧を砕き、引きはがし、固め。しまいには晃真の肉体まで抉る。
――オリヴィアも、こいつにやられたのか。こいつ、強すぎる!
晃真は攻撃を真正面から受けながらにして灼熱の剣を握る。鎧を纏うのでは分が悪すぎる。
水の渦に吹っ飛ばされ、晃真は地面に叩きつけられた。
「しぶといな。それでこそお前は俺と戦って殺されるに値する。立つんだ、高砂晃真」
と、タスファイ。
気が付けば彼の手には水から形作った三又の槍が握られていた。
「ぁ……そうか……本番はここからか……」
痛みに耐えながら立ち上がる晃真。わずかながら鎧を纏っていたときの痛み。タスファイやジョンの攻撃による痛み。イデア使いでなければ、おそらく晃真も痛みで発狂していただろう。
晃真はここで終わらせようと覚悟し、タスファイに斬り込んだ。槍をかいくぐり、懐に飛び込み、一閃。手ごたえはあった。だが――
その手ごたえの直後、晃真の太腿――ジョンからの攻撃を受けていない方に走る激しい痛み。気が付けば筋肉をも斬られ、晃真は崩れ落ち。追い打ちをかけるようにして何撃かの攻撃を受ける。ここで晃真の意識は途切れた。




