22 不死の騎士
ヨーランの放つ気配はよりおぞましいものへと変わった。少し前までのヨーランはさながら死の騎士のようだったが、今やヨーランは死神のよう。少しでも変なことをすればオリヴィアもヒルダも死ぬ。言葉にせずともそれは伝わった。
「伝わっているようならよかった。が、念のため。動けば殺す」
剣の切っ先はオリヴィアに向けられている。逃げることも戦うこともできず、オリヴィアはただヨーランを睨み返す。
「君には最初から話すとしよう。『私』はカナリス・ルートの一員……それでいて鮮血の夜明団の暗部にも所属している。これが意味することは、鮮血の夜明団がこちら側だということだ。反対している連中も少なくないが……いずれ『私』たちの手の者が粛清するだろう」
ヨーランはここで言葉を切った。
オリヴィアの脳内にちらつく、鮮血の夜明団の関係者。マルクト支部のメンバーに、春月のメンバー、今協力関係にあるセラフ支部のメンバー、オリヴィアに期待を寄せている初音やエレナ。彼らがカナリス・ルートとつながっていることを考えたくなかったオリヴィア。彼女はただ一言呟いた。
「嘘だ」
「何が嘘だって?」
と、ヨーラン。
「いや……あなたにとっては嘘じゃないかもしれないけど、たとえそうでもあなたの感想にすぎないでしょ?」
オリヴィアは言った。
「……全く、君は面白い女だよ。こうしてこの『私』に刃を向けられながらもそんなことを言えるなんて。
話の続きをしようか。君のしていることはこのレムリアの秩序の破壊。どうしても『私』は秩序を乱す行為を許せなくてね。だから、君たちはここで殺す。その次は昴の弟、そのまた次は裏切り者たちだ」
と言って、ヨーランは再びオリヴィアに斬りかかる。
「こんなところで、死ねない!」
と、オリヴィアは影を展開しながら言う。ヨーランの斬撃は相変わらず重いが、その攻撃をかいくぐってオリヴィアは影の刃を放つ。最初にヨーランと出会った頃にはできなかった芸当だ。
影の刃は四方からヨーランの肉体を穿つ。鮮血が舗装された道を赤く染める。オリヴィアはさらに影の刃を放ってヨーランの息の根を止めんとした。
そんなオリヴィアの姿を見てヒルダは口を覆う。ようやく笑顔を見せるようになったオリヴィアが再び魔物のように人を殺そうとしている。だが、ここでオリヴィアを止めれば自分の身も危ない。加えて、鮮血の夜明団がカナリス・ルート側ならば助けを求めたところで――
「だから、死んで。ヨーラン」
と言って、オリヴィアはヨーランのすぐ前から飛びのいた。
ヨーランは全身から血を流している。胴体から、頭から。頸動脈にも傷は入っており、血だまりができるほどの出血だった。普通ならば生きていられない。
だが――ヨーランはよろめきながらも立っている。立ったまま、棺の形をしたイデアを展開した。
「君はいつから『私』を殺せると勘違いしているのかい?」
ヨーランは、殺しても死ななかった。
棺から伸びた黒い手はヨーランに触れる。するとヨーランの四肢と傷口を黒い粒子が覆った。それだけではない。ヨーランの右手にあった細身の剣はレイピアへとすり替えられていた。
「勘違いじゃない、わたしが殺すって言ったら殺すんだから」
オリヴィアはそう言ってヨーランの背後から影の刃で首を刎ねる。それは必然か、ヨーランは首のない体で自身の首珠を拾い上げ。
「できそうもないことを誓うんじゃない。いずれ信用をなくすぞ」
ヨーランは言った。
「そうだな……『私』を殺すならばイデア界にでも達してみろ。できなければ死あるのみだがな」
そうやってヨーランは続ける。
「イデア界……」
オリヴィアは呟いた。
イデアはわかる。だが、イデア界というものをオリヴィアは理解していない。オリヴィアはイデア界について聞こうとしたが、それをヨーランは遮った。
ヨーランの攻撃は刺突。オリヴィアは咄嗟に影で防ごうとしたが、そんなことに意味はない。影を貫通したレイピアはオリヴィアの頬を掠める。
「……こんなの、どうしろって」
オリヴィアは思わず弱音を吐く。だが、攻撃だって忘れていない。殺し続ければいつか死ぬことを信じて、もう一度めった刺しにする。今度の狙いは心臓だ。
心臓を突いてもヨーランは死ななかった。止まることなくオリヴィアに接近し、黒の刺突を繰り出す――
オリヴィアは死を覚悟した。だが、刺突はオリヴィアには届かない。ヨーランを止める者があった。
彼は、片目を癖のある髪で隠した屈強な青年だった。彼の周りには多面体のビジョンが展開されている。
ゼクスだった。
「へへ……間に合ったな。不死者とは言うが氷漬けにはできるらしい。ちなみにそいつは固体窒素でできた特別製だぜ」
と、ゼクス。
彼の能力によってヨーランは氷の牢に閉じ込められた。とはいえ、氷漬けにされたところでヨーランは死なないだろう。致死量の血を流しても、首を刎ねられても、心臓を突かれても死ななかったヨーランだ。これが命を奪う決定打にはなりえない。
「あ……ありがとう……」
と、オリヴィア。
見ず知らずの謎の男に助けられ、オリヴィアは戸惑いを隠せない。
「礼はいい。さっさと行けよ。リンジーにてめえを死なせんなって頼まれてんだよ」
ゼクスは言った。
「わかった。でも、どこで死ぬかはわたしが決める」
オリヴィアはそう答え、ヒルダとともに先へ進むことにした。
不安定な気配は近付いている。加えて、大きなピリピリとした気配も。戦いのときは近い。




